コラム

さらばニューヨーク、いざ故郷イギリスの探索へ

2010年11月04日(木)15時07分

「実際に去る前から去るな」――この気の利いた言葉は、友人のルークによる名言。意味が分かるまで時間がかかったが、いざ自分がその立場に置かれたときにとても納得がいったので、僕の心に強く残っている。

 何かいいことがいつか終わってしまうことを考えると、悲しい気分になるのは当然だ。だからこそ、まだ終わってもいないうちから寂しくなることがある。僕は特にそういうタイプで、最高にハッピーなときでも、それがいつまでも続かないと考えてはブルーになる。

 ところがニューヨーク暮らしについては別だった。避けがたい別れの悲しみにおぼれることなく、ニューヨークを去ることができたのだ。それは、ある単純な仕掛けのおかげ。ニューヨークを離れるなんて、計画もしていなかったせいだ。

 僕がニューヨークに滞在する理由は、もう尽き果てていた。当初の目的は本を書くためだったが、それはとっくの昔に達成していた。ニューヨークで行ってみたかったありとあらゆる場所は、ほぼ全て探索した(個性あふれる偉大な人々が暮らしたチェルシー・ホテルだけは訪れていないが)。興味をかきたてられたアメリカ各地にも旅行した。

 ニューヨークに根を下ろそうと考えたことは一度もなかったが、特にここから出たいとも思っていなかった。

■イギリスも僕も大きく変わった

 だから、僕が故郷のイギリスに休暇のつもりで戻り、そのままイギリスに腰を落ち着けたくなったのは、少しばかり妙な話だが、なるべくしてなったことのような気もする。

 きっかけになったのは、深刻ではないものの健康を害し、回復までに時間がかかったことだ。ニューヨークの数々の慈善病院の待合室にいるときほど、故郷イギリスを恋しく思ったことはなかった。

 そんななか、2〜3週間の休暇の予定でイギリスに帰ると、しばらく忘れていたある感覚が僕を襲った。将来は外国人特派員になりたい――そもそもそんな夢を僕が抱くきっかけになった「燃えるような好奇心」が、メラメラとよみがえったのだ。

 僕と同胞であるはずの彼らイギリス人は、いったい何者なんだ? 何を考えているのだろう、なぜこんなふうに振舞うのだろう? 彼らは次に何をやらかすのか?

 そう、イギリスは僕の「故郷」だが、僕はその大きな変わりように驚いた。加えて、僕もどんなに変わったことだろうと思い知らされた。なにしろ、最後にイギリスに1カ月以上滞在したのは、もう15年以上前のことなのだ。

 時が来たようだ。ニューヨークを去るという時ではなく、イギリスという奇妙な新しい国に足を踏み入れ、探検する時が。

(お知らせ:次回からコリン・ジョイスの新ブログ「A Stranger in England」がスタートします。十数年ぶりにイングランドに帰国した著者が、今やまるで外国のように思える故郷イギリス社会を探索します。お楽しみに)

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トルコCPI、11月は前年比+47.09% 利下げ

ワールド

イスラエルがガザ北部を攻撃、14人死亡 南部に退避

ワールド

中国、ガリウム・ゲルマニウム・アンチモン軍民両用品

ビジネス

再送野村証券、社長ら10人が報酬返上 元社員の起訴
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
2024年12月10日号(12/ 3発売)

地域から地球を救う11のチャレンジと、JO1のメンバーが語る「環境のためできること」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 2
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説など次々と明るみにされた元代表の疑惑
  • 3
    シリア反政府勢力がロシア製の貴重なパーンツィリ防空システムを政府軍から奪った証拠画像
  • 4
    メーガン妃の支持率がさらに低下...「イギリス王室で…
  • 5
    バルト海の海底ケーブルは海底に下ろした錨を引きず…
  • 6
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 7
    エリザベス女王はメーガン妃を本当はどう思っていた…
  • 8
    なぜジョージアでは「努力」という言葉がないのか?.…
  • 9
    NATO、ウクライナに「10万人の平和維持部隊」派遣計…
  • 10
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 1
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 2
    エリザベス女王はメーガン妃を本当はどう思っていたのか?
  • 3
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳からでも間に合う【最新研究】
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    リュックサックが更年期に大きな効果あり...軍隊式ト…
  • 6
    メーガン妃の支持率がさらに低下...「イギリス王室で…
  • 7
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 8
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 9
    黒煙が夜空にとめどなく...ロシアのミサイル工場がウ…
  • 10
    エスカレートする核トーク、米主要都市に落ちた場合…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story