コラム

話題の再編集本と菅首相の「地味なポピュリズム」

2020年12月07日(月)07時00分

HISAKO KAWASAKIーNEWSWEEK JAPAN

<発売前から話題になった菅首相の「再編集本」。公文書管理の重要性を強調した章の丸ごとカットが指弾されたが、問題の本質はむしろそこにはない>

今回のダメ本

ISHIDO-suga.jpg政治家の覚悟
菅義偉[著]
文春新書
(2020年10月20日)

歴代首相の単著の中で、発売前からここまで話題になったものも珍しいのではないか。本書は2012年に出版された同名の本を新書版に「再編集」したものだが、元の本にあった民主党政権批判、「政府があらゆる記録を克明に残すのは当然」といった公文書管理の重要性を強調した章が丸ごとカットされた。新聞各紙はこれを批判した。安倍政権の官房長官として公文書の改ざんや隠蔽問題を追及されるなかで、たびたび引用されてきた一文であり、これをカットしたのは隠蔽だ、というのが批判の理屈だった。

一応、フェアに記述しておくと菅自身のブログでは、公文書管理の重要性について語った部分は丸ごと残っている。過去の不都合な発言を丸ごとカットしたいという意図ならば、過去の著作の元ネタとなっていそうなブログごと削除しそうなものだが、そうはなっていない。おそらく本人もさほど問題になるとは思っていなかったのだろう。

一読してそれ以上に問題があると感じたのは、菅が同書の中で誇っている自身の実績と政治手法だ。彼には前任者のような、強烈なナショナリズムや右派的な歴史観にシンパシーを抱く言動はほとんどと言っていいくらいない。一貫して、強調されるのは政治家が官僚を動かし、菅が考える「既得権益」に切り込む姿だ。

例えば、マスメディアである。総務省のNHK担当課長を更迭した、受信料の値下げを求めた、あるいは『あるある大事典』問題でデータを捏造した関西テレビに対して放送法違反と言及したというエピソードが強調される。彼がよりどころにするのは、国民の意識だ。菅は民放には構造上の問題点があるという。

「何か問題が発生すると、制作したのは下請けの会社で、親会社は知りませんでしたと頭を下げ、給料を少し減額しただけで、法的には何のおとがめもない」「これではニセの情報に踊らされた視聴者、国民に対して示しがつきません」

それならば、率先してニセの情報に飛び付いてしまう自民党議員を総裁として何とかしないと示しがつかないとも思うのだが......。

プロフィール

石戸 諭

(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター。1984年生まれ、東京都出身。立命館大学卒業後、毎日新聞などを経て2018 年に独立。本誌の特集「百田尚樹現象」で2020年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を、月刊文藝春秋掲載の「『自粛警察』の正体──小市民が弾圧者に変わるとき」で2021年のPEPジャーナリズム大賞受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象――愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)、『ニュースの未来』 (光文社新書)など

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