コラム

日常を取り戻したい人々を尻目に、インテリ作家は雲の上で自粛中

2020年06月13日(土)12時20分

著者のパオロ・ジョルダーノは超ベストセラー作家 Newsweek Japan

<あまりに凡庸な資本主義批判、文明批判には大いにずっこけることに>

今週のダメ本


 『コロナの時代の僕ら
 パオロ・ジョルダーノ著
 早川書房

途中までの印象は決して悪くなかった。なるほどイタリアでも、日本と同じように専門家が侃侃諤諤(かんかんがくがく)の議論をし、ある人は危機を強調し、ある人はただの風邪程度だと言い、ある人は全国で外出禁止にせよと強調した。

「専門家同士が口角泡を飛ばす姿を、僕らは両親の喧嘩を眺める子どもたちのように下から仰ぎ見る。それから自分たちも喧嘩を始める」

著者のパオロ・ジョルダーノはコロナ対策を「戦争」に例えて説明する政治家、ジャーナリストらを「恣意的な言葉選びを利用した詐欺」だと批判する。これにも異論はない。私たちが直面しているのは、公衆衛生上の緊急事態であり、それ以上でもそれ以下でもない。だが、最後の最後で彼が披露する「忘れたくない物事のリスト」で、大いにずっこけることになった。

なぜか。彼が提言するのは「どうしたらこの非人道的な資本主義をもう少し人間に優しいシステム」に変えることができるか。これを考えることだからだ。あまりに凡庸なインテリ特有の資本主義批判、文明批判である。

資本主義を人間に優しいシステムに変えるとは何を意味するのか。具体的な提言はないまま、著者はおなじみになった「そうすることが必要な限り、ずっと、家にいよう」と呼び掛ける。

この言葉に共感できるのは、超ベストセラー作家である彼のようなお金に困らない人々か、このあとやって来ることが確実な超がつく不況でも定期的に安定した給与が確保されている、マスメディアを含めた一部の人々だけだろう。

彼らの目には「ずっと家にいられない」人たちの存在は入っていない。とても悠長なのだ。この本に対する評論家の山形浩生の痛烈な批判は当たっている。

「多くの人々にとって、『あとのこと』とは、失業と景気悪化、倒産、貧困とそれによる死亡や健康被害だ。その人々は、著者のような高踏インテリ様のように、資本主義が非人道的とか経済システムを変化させるべきとか思っているだろうか?」(ネットメディアcakes〔ケイクス〕掲載の「新・山形月報!」)

プロフィール

石戸 諭

(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター。1984年生まれ、東京都出身。立命館大学卒業後、毎日新聞などを経て2018 年に独立。本誌の特集「百田尚樹現象」で2020年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を、月刊文藝春秋掲載の「『自粛警察』の正体──小市民が弾圧者に変わるとき」で2021年のPEPジャーナリズム大賞受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象――愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)、『ニュースの未来』 (光文社新書)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ゼレンスキー氏、和平協議「幾分楽観視」 容易な決断

ワールド

プーチン大統領、経済の一部セクター減産に不満 均衡

ワールド

プーチン氏、米特使と和平案巡り会談 欧州に「戦う準

ビジネス

次期FRB議長の人選、来年初めに発表=トランプ氏
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 2
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 3
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドローン「グレイシャーク」とは
  • 4
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 5
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯…
  • 6
    もう無茶苦茶...トランプ政権下で行われた「シャーロ…
  • 7
    【香港高層ビル火災】脱出は至難の技、避難経路を階…
  • 8
    22歳女教師、13歳の生徒に「わいせつコンテンツ」送…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story