コラム

デジタル紛争の新たなステージ:イスラエルとハマスの情報戦が示すサイバー戦の進化

2023年11月07日(火)14時11分

紛争で発生する世論の共振

紛争はネット上に情報を氾濫させ、世界中で世論の共振を呼ぶ。そこにはひとつのメカニズムが恒常的に存在しており、SNSやアドネットワークなどを始めとするネットの仕組みがこのメカニズムを強化している。

「なにをやっても状況は悪化する」という事態に対処できていないのが多くの問題の根本にある。

ichida20231107cc.jpg

チャートにある地球規模の変化は、その影響を強く受ける地域に経済的困窮や飢餓などの甚大な被害をもたらし、それが移民の増加にもつながってくる。社会が不安定になると、権威主義的リーダー、ポピュリストが世に出たり、内乱が起こりやすくなることは以前の記事で紹介した通りだ。

そして、過度の格差が多くの国で陰謀論、白人至上主義者などの過激なグループを生み出す。世界的な権威主義の台頭と、多くの国での陰謀論、白人至上主義者などの過激なグループの台頭の現員は、同じ危機に直面した脆弱な存在という点で同じであり、従来の社会のありかたを疑い、反発を感じている。イデオロギーや信念は異なるが、その点では一致しており、それがイデオロギーや信念を超えた連携を生み出すため、世界で起きる紛争に関与できる。以前にも書いたが、「現在の欧米の民主主義国はガソリンをまいた状態」なのだ。ロシアのネット世論操作やデジタル影響工作は、放置しておいても自然発火する状態の地域に火を貸しているだけだ。

地球規模の変化に脆弱な国の多くはグローバルサウスにあり、グローバルノースにいる影響を受けやすい層と共通の意識を持ちやすい。

この連鎖を強化し加速するのが、SNSやアドネットワークなどのビッグテックである。アクセスが増えることが承認欲求を満たすと同時に収入に結びつく。そして収入は活動を拡大し、仲間を増やすために用いられる。

残念なことに地球規模の変化への対処も、それによって脅威にさらされている国や人々への支援もうまくいっていない。人口では脅威にさらされている人々の方が多い。これは国際的な場での多数決、国内での選挙に影響を与えている。

こうしたことを背景にいったん紛争が起きれば、世界規模の共振を呼ぶメカニズムができている。これまでは、ネット世論操作あるいはデジタル影響工作という呼び方でよかったが、ステージが変わったように感じる。そもそもネット世論操作あるいはデジタル影響工作あるいはフェイクニュース、偽情報ということは表面的な事象をとらえているだけで、根本的な問題を見過ごしているとも言える。

一連のサイバー・エスカレーションはなにかのきっかけ(紛争など)によって連鎖的に起こるようになっており、個別の行為は特定のアクターが実行しているが、連鎖全体を指揮している者はいない。自動化されているのだ。新しいステージに入ったサイバー空間への対策はいまだ形が見えない。


ニューズウィーク日本版 教養としてのBL入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月23日号(12月16日発売)は「教養としてのBL入門」特集。実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気の歴史と背景をひもとく/日米「男同士の愛」比較/権力と戦う中華BL/まずは入門10作品

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

高市首相の解散判断「容認」、議員定数削減前でも=吉

ワールド

米が111億ドルの武器売却手続き開始、台湾国防部発

ワールド

トランプ米政権、一部帰化者の市民権剥奪強化へ=報道

ワールド

豪ボンダイビーチ銃撃、容疑者親子の軍事訓練示す証拠
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story