コラム

いまだ結論の出ない米中コロナ起源説対決──中国に利用された日本のテレビニュース報道

2021年07月01日(木)17時50分

全体の流れをかいつまんでご紹介しよう。コロナが人工的に作られたウイルスであるという最初の発言は、2019年12月31日、中国のソーシャルメディアweiboの利用者によるものだった。2003年のSARSの発生はイラク戦争の頃、新型ウイルスの発生は米国とイランの間の緊張が高まった時期と、いずれもアメリカが関与する国際紛争の直後に発生しており、どちらのウイルスも主に中国人を標的にしているようだと指摘した。さらに一歩進んで、アメリカとウイルスの発生を直接結びつけているものもあったが、初期においては広範囲に拡散しなかった。

2020年1月、ウイルスと中国を結びつける陰謀論が初めてネット上に登場した。DFRLabとAPが確認した最初の発言は、2020年1月5日に香港のツイッターユーザーが、中国がウイルスを作ったと主張したものだった。

アメリカの陰謀論者のオンライン・コミュニティにおいて、コロナは生物兵器であるとする主張が主流となった。アメリカの保守系メディアと政府関係者も同様の内容を流していたため、「ウイルスは中国の研究所で作られた」という主張が1月から4月にかけてアメリカ国内に広まった。なお、その後、4月になると自然変異型のウイルスを研究していた研究所から、誤ってウイルスが放出されたとの見方が一般的になった。

海外のメディアが中国を感染源として大きく報道したこともあり、中国は2020年1月下旬かあ国営メディアを通じて、ウイルスの起源など初期の研究に疑問を投げかけ始めた2月初旬には、人民日報傘下の英字新聞The Global Timesが、中国に原因があると非難することは裏目に出ると米国に警告した。

コロナ起源説に関連して、米国で最も注目を集めた人物の一人が、米国の上院議員トム・コットン(共和党)だった。2020年2月、コットンはツイッターやインタビューで中国を非難する憶測を述べ続け、それを米国のオルトライト系のメディアや陰謀論者、大手メディアも報じた。中には非難したメディアもあったが、こうした報道の広がりは、偏った主張を増幅させた。

その後、コットンは主張を変え、起源には4つの可能性があるとし、その中で一番可能性が高いのは、自然発生説だとした。

QAnonの支持者と右翼インフルエンサーが強い影響力

「WEAPONIZED」の2020年1月から4月までの約40万件のツイートを対象としたネットワーク分析によると、QAnonの支持者と超党派的な右翼インフルエンサーのクラスタが、アメリカにおける生物兵器説の拡散に強い影響力を持っていることがわかった。この中のQAnonの著名なアカウントのうち2つはツイッターの利用規約に違反したとして停止処分を受けた。これらのアカウント以外にも、いくつかの党派的な報道機関や陰謀ブログが生物兵器説の拡散に貢献した。

たとえば、2020年1月26日、偏向報道を指摘されてきた保守系新聞Washington Timesは、コロナが中国の生物兵器ではないかという記事を掲載した。元々は金融関係のブログだったが、陰謀論やロシアのプロパガンダを掲載するようになったZero Hedgeも、中国の生物兵器説を拡散し、武漢の研究所を、映画「バイオハザード」シリーズに登場するアンブレラ社になぞらえた。

Francis Boyleは、生物兵器説に信憑性を与えた最も有名な専門家の一人である。Francis Boyleは、1990年に当時のジョージ・H・W・ブッシュ大統領が署名した「1989年生物兵器テロ防止法」の起草責任者の一人であり、このテーマに関する充分な知識と経験を持っているように思われた。人権派弁護士としても活躍しており、その左派的な見解と相まって、極右のメディアは生物兵器説に超党派的な信憑性を持たせるために利用した。

しかし、Francis Boyleは、2014年に陰謀論サイトInfoWarsのアレックス・ジョーンズにエボラ出血熱が遺伝子操作された生物兵器であると話したこともあるので実際には信頼に足る人物ではなかった。

コットン上院議員をはじめとする政治家など(トランプ大統領の元アドバイザーであるスティーブン・K・バノンを含む)がこうした主張を拡散したため、中国の科学者たちが生物兵器説に反論しはじめた。中国は、議論をエスカレートさせ、膠着させることで、ウイルスの初期拡散に関するデータなどの他の関連情報から目をそらし続けた。

2020年2月下旬、中国のGlobal Times、CGTN、人民日報などはウイルスの起源について同様の疑問を投げかける記事を複数掲載した

日本のテレビが、中国がアメリカを非難するための材料を提供

中国がアメリカをさらに非難するための材料を提供したのは、日本のテレビニュースだった。2020年2月21日、日本のテレビ朝日(ANNニュース)が米国疾病管理予防センター(CDC)の発表としてアメリカで猛威をふるうインフルエンザがコロナである可能性があると放送した。

2月22日、人民日報は、日本のテレビ朝日(ANNニュース)の映像を紹介した。この記事では、2019年10月に武漢で開催された2019 Military World Gamesに参加したアメリカ軍人がウイルスを拡散したと指摘した。同日、Global Timesはこの記事を繰り返し流した。

翌日、人民日報は「日本のテレビ報道が中国でコロナは米国発かもしれないという憶測を呼んだ」という見出しの記事を掲載した。

3月5日、FOX NewsのJesse Wattersが、ウイルスについて中国に謝罪を求めたことで、コロナ起源説の緊張関係は外交レベルにまで発展した。中国外務省のZhao Lijian報道官は記者会見で、ウイルスの発生源はまだ解明されていないとした上で、発生源にかかわらず、すべての国が被害者であると述べた。

しかし、1週間も経たないうちにZhao Lijian報道官は、アメリカがこの感染症を引き起こしたのではないかと公然と非難した。3月12日と13日に、陰謀論やプロパガンダを拡散してきたウェブサイト「Global Research Canada」に掲載されたウイルスの起源をアメリカに求める2つの陰謀論的な記事へのリンクを連続してツイートした。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米ベーカー・ヒューズ、ベネズエラに「相当な収益機会

ワールド

米エヌビディア、高速で安価な天気予報向けAIモデル

ワールド

仏国民議会、15歳未満のソーシャルメディア利用禁止

ワールド

トランプ氏の移民摘発「行き過ぎ」58%、支持率最低
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市 vs 中国
特集:高市 vs 中国
2026年2月 3日号(1/27発売)

台湾発言に手を緩めない習近平と静観のトランプ。激動の東アジアを生き抜く日本の戦略とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 2
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 3
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 4
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰…
  • 5
    「外国人価格」で日本社会が失うもの──インバウンド…
  • 6
    「20代は5.6万円のオートロック、今は木造3.95万円」…
  • 7
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 8
    中国、軍高官2人を重大な規律違反などで調査...人民…
  • 9
    私たちの体は「食べたもの」でできている...誰もが必…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 1
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 2
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 3
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 4
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味…
  • 5
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 6
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 7
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 8
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 9
    40代からは「積立の考え方」を変えるべき理由──資産…
  • 10
    麻薬中毒が「アメリカ文化」...グリーンランド人が投…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 5
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 6
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story