ニュース速報
ワールド

アングル:米ロが中距離兵器を再配備、中国巻き込み軍拡競争複雑化

2024年07月20日(土)07時59分

 7月17日、 米国は40年前、ソ連の中距離弾道ミサイル「SS20」に対抗するため、核ミサイル「パーシングII」と巡航ミサイルを欧州に配備した。写真は2017年8月、ハワイ・カウアイ島の太平洋ミサイル試射場から演習で発射された中距離弾頭ミサイル。米海軍提供(2024年 ロイター)

Mark Trevelyan

[ロンドン 17日 ロイター] - 米国は40年前、ソ連の中距離弾道ミサイル「SS20」に対抗するため、核ミサイル「パーシングII」と巡航ミサイルを欧州に配備した。この動きは冷戦の緊張をあおったが、一方で数年後の歴史的な軍縮合意にもつながった。

米国とソ連は1987年12月、射程距離500―5500キロの地上発射型弾道ミサイルと、核弾頭もしくは通常弾頭を搭載可能な巡航ミサイルを両国で全廃する二国間条約「中距離核戦力(INF)全廃条約」で合意。ソ連のゴルバチョフ書記長は米国のレーガン大統領に「この苗木を植えたことはわれわれにとって誇れることだ。いつの日か巨樹に育つだろう」と語りかけた。

この苗木は2019年まで生き延びたが、この年に当時のトランプ米大統領はロシアが合意に違反しているとして条約を破棄。その後米国とロシアは新たな兵器配備計画を打ち出しており、INF全廃条約の崩壊がいかに危険なことだったかが今になってようやく明白になりつつある。

ロシアのプーチン大統領は6月28日、短・中距離陸上ミサイルの製造を再開し、必要なら配備地を決定すると公言した。西側諸国は、いずれにせよロシアは既にこうしたミサイルの製造を始めているのではないかと疑っていた。専門家によると、これらのミサイルは通常弾頭と核弾頭のいずれも搭載が可能とみられる。

一方、米国は7月10日に対空ミサイル「SM6」や巡航ミサイル「トマホーク」、新型極超音速ミサイルなどの兵器を2026年からドイツに配備すると発表した。これらは通常弾頭搭載型だが、理論的には核弾頭を搭載できるものもある。

こうしたミサイル配備計画が打ち出された背景にはウクライナ戦争を巡る緊張の高まりと、西側諸国がプーチン氏の核兵器に対する発言を威嚇的だと受け止めたことがあるが、双方が軍備増強を決めたことで脅威は一段と高まった。また、両国の兵器配備には中国とのより広範なINF軍拡競争の一部という側面もある。

オバマ米政権で核不拡散担当の特別補佐官を務めた米国科学者連盟のジョン・ウォルフスタール氏は、「現実として、ロシアと米国の両国が、相手国の安全を損なうかどうかに関係なく、自国の安全を強化すると信じる措置を講じている。その結果、米国とロシアの一挙手一投足が、敵対国に対して政治的、軍事的に何らかの対応を迫ることになる。これが軍拡競争というものだ」と話す。

<攻撃シナリオ>

国連軍縮研究所のアンドレイ・バクリツキー上級研究員は、計画が浮上した兵器配備によって「ロシアと北大西洋条約機構(NATO)加盟国の間で直接的な軍事衝突が起きるシナリオが高まる」と指摘し、全ての関係者は身構える必要があると警告する。

ウクライナ向けの西側兵器が保管されているポーランドの基地をロシアが攻撃したり、ロシアのレーダーや司令部を米国が攻撃したりするといった事態も想定されるという。

専門家によれば、こうしたリスクは緊張を一段とあおり、事態を連鎖的に激化させる。

ウォルフスタール氏は、米国が計画しているドイツへのミサイル配備について、欧州の同盟国に安心感を与えるためのもので、軍事的に大きな利点はないと指摘。「軍事的な能力は向上せず、危機が加速し、制御不能に陥る危険性が高まる恐れがある」と語る。

平和研究・安全保障政策研究所(ハンブルク)の軍備運用専門家、ウルリッヒ・キューン氏は 「ロシアの立場からすれば、この種の兵器が欧州に配備されれば、ロシアの司令部や政治的中枢、戦略爆撃機を配備している飛行場や滑走路に、戦略的な脅威がもたらされる」とし、ロシアが対抗措置として米国本土を標的とする戦略ミサイルの配備を増強する恐れがあるとの見方を示す。

<中国の反応>

ロシアと米国が中距離ミサイルを配備すれば、これまで全廃条約に縛られることなくINF兵器を増強してきた中国がさらなる軍備拡張に動く可能性もある。

米国防総省は2023年の議会への報告書で、中国のロケット軍が射程300―3000キロのミサイルを2300基、射程3000―5500キロのミサイルを500基保有していることを明らかにした。

中国のミサイルに対する懸念は、トランプ氏がINF全廃条約破棄を決断した大きな要因の1つであり、米国は既にアジアの同盟国への中距離兵器配備に着手している。

キューン氏は「軍拡競争はロシアと米国およびその同盟国との二者間のものではなく、もっと複雑になるだろう」と危惧する。

専門家3人はいずれも、1980年代にレーガン氏とゴルバチョフ氏が合意したような画期的な軍縮協定がロシアと米国の間で結ばれる可能性は低いとみている。

国連軍縮研究所のバクリツキー氏は、たとえロシアと米国の両国が軍拡は無意味だとの考えに至っても、米国は中国のことを考えてINF全廃条約の復活には動けないと指摘する。

ロイター
Copyright (C) 2024 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル、対円で横ばい 米指標再開とFR

ビジネス

米、対スイス関税15%に引き下げ 2000億ドルの

ビジネス

米国株式市場=まちまち、来週のエヌビディア決算に注

ビジネス

12月利下げ支持できず、インフレは高止まり=米ダラ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 5
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 8
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 9
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 10
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中