ニュース速報
ワールド

アングル:観光依存のスペイン経済、住民にはオーバーツーリズムの負担

2024年05月27日(月)09時54分

 5月21日、スペインを訪れる外国人観光客は記録的な増加を見せている。マドリードで18日撮影(2024年 ロイター/Violeta Santos Moura)

Belén Carreño Corina Pons

[マドリード 21日 ロイター] - グアダルーペ・レボジョさん(45)は、レアル・マドリードの本拠地である壮麗なサンティアゴ・ベルナベウ・スタジアムの見学ツアーから戻ってきたばかり。15歳の娘とともに休暇を過ごすスペインは、母国メキシコのビーチよりも楽しいと語る。

レボジョさん親子のようにスペインを訪れる外国人観光客は記録的な増加を見せている。おかげでスペイン経済の勢いは他の欧州諸国を上回り、雇用も急速に増えている。だが同時に住宅・交通といった面での圧迫が生じており、地元住民の間では怒りの声も聞こえる。

このブームを持続可能なものとし、その恩恵をもっと広く分かち合うようにする――それがスペインが直面する課題だ。一部には、観光産業が高級志向にシフトすることが鍵になるという意見もある。

だがメキシコから訪れたレボジョ家にとっては、スペインがここまで魅力的な場所である要因は、文化的な観光名所もさることながら、物価の安さも大きい。

レボジョさんは、先日メキシコで休暇を過ごしたときは、2500ユーロ(約42万円)相当の費用がかかったと話す。

「スペインに来るにはもう少しお金がかかる。飛行機代やツアー料金…でもそれで他国を知ることができると思えば」とレボジョさん。「実際には、費用対効果はとてもいい」

同意見の観光客は多い。スペイン経済は長年にわたり他の欧州主要国に引き離されていたが、2024年第1四半期にユーロ圏20カ国の成長率がわずか0.3%だったのに対し、スペインは0.7%とこれを上回った。

工業への依存とコモディティ価格の変動に対する脆弱性、そして地政学的な緊張といった制約要因により、フランスは2024年の成長見通しを下方修正し、ドイツはリセッションを回避するのがやっとの状況だった。これに対しスペインは、今年の経済成長率を2%と見込んでいる。

英調査会社オックスフォード・エコノミクスで欧州経済部門を率いるエンジェル・タラベラ氏は、スペイン経済の拡大をけん引しているのは、サービス業の成長と、雇用成長に刺激された公共投資と個人消費だという。

観光産業のロビー団体であるエクセルトゥールによれば、スペイン経済の実質成長のうち71%は観光産業によるものだという。バンコ・ビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア(BBVA)では、スペインの2023年の経済成長率2.5%のうち、3分の1近くは非在住者による消費だとしている。

だが多くのスペイン人は、その恩恵を受けていないと感じており、スペイン経済の成功を支える観光に対して、抗議の声があがる例も増えている。

ジョルディ・エレウ観光相は5月8日、「こうした現象には対処しないといけない」と語った。「スペインに来るなと言うわけではない。だが、観光客に何を提供するか、制約を設けることは可能だ」

すでに実施された対策もあり、地方自治体は、別荘施設の新規認可を制限している。

バルセロナの地元当局は、サービスが飽和状態であるとして、観光客に人気の高いグエル公園に向かうバス路線をスマートフォンのアプリに表示しないよう要請した。

スペイン国民も、観光ブームに対して好感を抱いていない。4月にスペイン社会学研究センターが実施したアンケート調査では、スペイン国民の60%が自らの経済状況を「良い」と認めているにもかかわらず、59%が自国の状況を「悪い」「非常に悪い」と捉えているという結果が出た。

人件費の安さに惹かれてホテル新設への投資が集まっており、4日に1軒のペースで新たなホテルが開業している。CBREによれば、これに伴い、スペインは今年、ホスピタリティー分野の投資家にとって英国を上回り最も魅力的な国になるという。

<割安感>

スペイン国内でマリオットと提携するACホテルズのアントニオ・カタラン社長は、自社系列のホテルの外国人利用客は第1四半期に17%増加し、主として宿泊料金の上昇に伴い、支出額は27%増加していると語った。

「スペインには割安感があり、来訪者が増えすぎている」

2023年の来訪者数は過去最高の8500万人。今年第1四半期にも増加傾向は続いており、来訪者数は18%近く増加して1610万人となった。ただし、今年はイースター休暇が第1四半期に含まれたことで数字が押し上げられた可能性はある。

来訪者の支出額も増加している。高級志向の市場を開拓しようという取り組みの成果でもあり、一部の地域では、これがオーバーツーリズムの対策になると考えている。

観光客がレストランや高級ブランド店でクレジットカードをフル活用する中で、スペインへの来訪者による昨年の支出額は、フランスの635億ユーロに対し、1090億ユーロとなった。

第1四半期の外国人観光客による支出額は、前年同期比で27%伸びている。

観光ブームは雇用拡大の追い風にもなっている。失業率は16年ぶりの低水準となり、サービス産業における人手不足を移民労働者が埋めている状況だ。

スペイン観光を推進する国営旅行代理店であるトゥールエスパーニャによれば、サービス産業における今年第1位四半期の雇用創出は、昨年同期比で19万7630人増加し、この期間の雇用創出全体の4分の1を占めた。

こうした雇用創出に伴い、観光客による支出を補完する形で民間消費も増大している。

だがオックスフォード・エコノミクスのタラベラ氏は、スペインの好景気は持続可能ではないと警告する。

「観光産業がいつまでもこのペースで成長することはありえないし、公共投資も拡大し続けることはない」とタラベラ氏は言う。

冒頭のレボジョさん親子は、フランスで過ごす数日を含め欧州に2週間滞在する予定だったが、「スペインでなるべくゆっくりするつもり。パリほど物価が高くないことがわかったから」と話している。

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2024 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ブラックロックの主力ビットコインETF、1日で最大

ワールド

G20の30年成長率2.9%に、金融危機以降で最低

ビジネス

オランダ政府、ネクスペリア管理措置を停止 中国「正

ビジネス

日経平均は反発で寄り付く、米エヌビディア決算を好感
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、完成した「信じられない」大失敗ヘアにSNS爆笑
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 6
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 7
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 8
    衛星画像が捉えた中国の「侵攻部隊」
  • 9
    ホワイトカラー志望への偏りが人手不足をより深刻化…
  • 10
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 7
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中