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アングル:太陽光発電大国オーストラリア、さらなる普及の鍵は賃貸住宅

2024年02月24日(土)08時03分

 オーストラリア首都キャンベラの大学生エイリス・フィットさん(25)は、電気代を抑えるためにルームシェアしている仲間2人とあるルールを決めていた。「3人とも在宅していない限り居間の暖房をつけない」、「電気代が高い時間帯には洗濯機や食洗機を使わない」というものだ。写真はシドニー郊外の住宅の太陽光パネル。2017年撮影(2024年 ロイター/David Gray)

Rina Chandran

[アデレード 16日 トムソン・ロイター財団] - オーストラリア首都キャンベラの大学生エイリス・フィットさん(25)は、電気代を抑えるためにルームシェアしている仲間2人とあるルールを決めていた。「3人とも在宅していない限り居間の暖房をつけない」、「電気代が高い時間帯には洗濯機や食洗機を使わない」というものだ。

そのため入居から1年ほどたって家主が太陽光発電パネルを設置したときには大喜びするとともに驚いた。導入当初こそ少しぎくしゃくしたものの、その後は電気代が大幅に下がったからだ。

「寒いときに安心して暖房を入れられるようになった」とフィットさん。「私たちはラッキーだった。太陽光発電を導入する賃貸住宅は珍しい。家主は普通、賃借人の電気代を気にしない」という。

オーストラリアは国民1人当たりの太陽光発電容量が世界一。一般世帯の約3分の1、360万戸に太陽光発電パネルが設置され、アジア太平洋地域で最高水準の電気料金にも多くの家庭が対応している。

しかし賃貸住宅や公営住宅に住む人々の大半は太陽光発電の恩恵に浴していない。専門家の推計によると、太陽光発電設備を設置している賃貸住宅は全体の4%に過ぎない。

ニューサウスウェールズ大学で再生可能エネルギーを研究しているディラン・マッコネル氏は「賃貸住宅の居住者は借地借家の権利が限られている。まして物件に手を加える権限は制限され、太陽光発電設備の費用を自ら負担するインセンティブがない。一方、家主も太陽光発電を導入するインセンティブが限られている。電力業者と契約するのは賃借人で、導入の恩恵を得るのも賃借人だからだ」と、賃貸住宅で太陽光発電の普及が遅れている理由を説明した。

しかし公営住宅や賃貸住宅での太陽光発電設備設置はクリーンエネルギーの目標達成に不可欠だとの認識が高まっていると、マッコネル氏は指摘。補助金やリベート、低金利ローンといったインセンティブにより、家主に投資を奨励する取り組みが行われていると話す。公営住宅や賃貸住宅は不動産全体の30%余りを占めている。

<エネルギーで辛い経験>

人口約2500万人のオーストラリアでは、森林火災や洪水、さらには熱波といった異常気象が頻発。気候変動により、こうした災害の頻度や規模、期間は悪化が予測されている。

マッコネル氏の分析では、電力価格が劇的に上昇し、手厚い補助金制度が導入されたことで、2010年頃から家庭用太陽光発電のブームが始まり、国内の再生可能エネルギーによる発電量は2倍強に増えた。

しかしエネルギー規制当局は昨年11月の報告書で、賃貸住宅や公営住宅に住む人々は「エネルギーを巡り辛い経験」をしていると述べ、リベートなど支援策の促進を呼びかけた。

より望ましい解決策は太陽光発電だが、賃貸住宅に住む人々や社会的・経済的に恵まれない地域に住む人々にとって資金援助を受けるのは難しいかもしれないと、太陽光発電会社サントリックスの共同創設者兼マネージングディレクター、ジェニー・パラディソ氏は見ている。太陽光発電の希望者は既に設備を手に入れており、サントリックスは賃貸住宅や低所得世帯、送電網から遠く離れたところに住んでいる人々を視野に入れているという。

サントリックスは集合住宅用の太陽光発電システム「ソルシェア」を導入した最初の太陽光発電会社の一つ。このシステムは屋上の太陽光発電パネルの電力を各住戸に公平に供給することができる。

ソルシェアはオーストラリアの新興企業アルームが開発。全国で約7400の物件を所有・管理する非営利団体ハウジング・チョイス・オーストラリアのような住宅供給業者が導入している。ハウジング・チョイスの広報担当者の話では、サウスオーストラリア州とウエスタンオーストラリア州でそれぞれ十数棟、ビクトリア州で約500棟の物件に太陽光パネルを設置している。大半はハウジング・チョイスが導入を主導したが、過去2年間の電気料金高騰で住民側から要望が出たケースもあるという。

<高い費用対効果>

オーストラリアは30年までに電力供給全体に占めるクリーンエネルギーの割合を、従来の約3分の1から最大で82%まで引き上げる計画。現在、クリーンエネルギーに占める太陽光発電の割合は約14%とカテゴリー別で最大だ。

エネルギー規制当局の説明では、太陽光発電は電力を消費する場所で発電ができるため送電によるロスが小さく、家庭の電力使用に関連する温室効果ガス排出削減で最も費用対効果の高い手段となる。

しかし補助金が縮小し、昼間の電力売却価格が下がっているため、家主が太陽光発電を設置するインセンティブは低下しているとマッコネル氏は話す。

賃貸物件居住者の団体ベター・レンティングが昨年行った調査によると、賃借人の3人に1人が、よりクリーンで持続可能な未来に貢献したいなど金銭以外の理由から太陽光発電の設置に前向きだった。ただ大半の賃貸人は、家主が家賃の値上げを正当化するために太陽光発電を利用するのではないかと心配している。

パラディソ氏は、注目を集めるのはほとんどが経済的な効果だが、「二酸化炭素排出量を気にする人もどんどん増えている」と強調した。

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