コラム

「非小沢内閣」発足で帰ってきた民主党

2010年06月09日(水)16時43分

tb_020610.jpg

強い首相へ ただ1人の最高責任者を目指す菅と閣僚たち(6月8日)
Yuriko Nakao-Reuters
 

 菅直人内閣が発足した。先週予想した通り、多くの閣僚(11人)は再任だ。鳩山・小沢体制から新しい民主党内閣への移行ぶりを観察して政治アナリストのマイケル・キューセックは、菅首相の下、「もともとの民主党が帰ってきた」と結論付けた。05年のいわゆる郵政選挙で小泉純一郎に大敗し、小沢一郎の力を頼るようになる前の民主党のことだ。

 私もキューセックと同じ意見だ。小沢前幹事長に菅が「しばらく静かにしているように」と言ったり、選対委員長に起用された安住純が複数区に複数候補を擁立する小沢戦略を見直す意向を示すなどの慌しい動きは、小沢と距離を置こうとする民主党の変化のほんの始まりに過ぎない。

 何より、菅が強調する「草の根」政治や草の根をベースとした「奇兵隊内閣」は、長いこと自由民主党の権力基盤だったのと同じ利益団体に擦り寄る小沢の政治とは極めて対照的だ。

「もともとの」民主党が帰ってきたとき、政策決定過程はどう変わるのか。

■政調会長が入閣する意味

 おそらく最大の変化は、小沢時代に進んだ幹事長室への権力集中を改めることだ。鳩山政権下で廃止された政策調査会(政調)を復活させたのが象徴的だ。

 だが新しい政調は、自民党の旧来型の政調とは似ても似つかぬものになるはずだ。第1に菅は、官僚主導脱却のための「政官の接触制限」は堅持する意向のようだ。

 第2に、政調会長に就任した玄葉光一郎は公務員制度改革相も兼務することになった。新しい政調は政府が目指す「政策決定の内閣一元化」を脅威にさらすようなものではないと玄葉も語っている。むしろ、内閣と党が互いに意思疎通を図るための交流の場になるのだという。

 政調会長が閣僚を兼務するのは初めての試みだが、これによって玄葉が政調会長の立場を利用して政府に楯突くのは難しくなる。内閣の一員として、政府がいったん決めた政策はこれを守る義務を負うからだ。

 さらに菅政権は、枝野幸男新幹事長をも政府の傍に引き付けておこうとするだろう。枝野は文字通り、首相官邸内にオフィスを構えることになるかもしれない。新しい幹事長は、小沢のように自立した戦略家ではなく、首相の政治顧問のような存在になるだろう。そして枝野自身の言葉を借りれば、有権者に対し政府の決定を弁護する務めを果たさなければならなくなる。

■「菅システム」のカギは小沢

 鳩山政権は、与党内に異論を唱える人が少なくなった代わりに約1名が首相と同等かそれ以上の拒否権を発揮する政府だった。それが菅の下では、与党内の議論はもっと喧しくなるかもしれないが、首相が最大の権限をもち、有権者に対する唯一の顔でもあり、党幹部に対しても指導力を発揮できる政府に変わるだろう。政策決定過程に関わる人数は増えても、菅は、誰が政府の最高責任者かを周囲に徹底させることをためらわないだろう。

 もちろん、この「非小沢システム」の存続は、小沢自身がこれを受け容れるかどうかにかかっている。役職から解放された小沢がその気になれば、支持者を集めて派閥を作ることもできる。菅政権の運営は困難になるだろう。小沢が自ら干渉を自粛してくれるのでなければ、新政権はいずれ小沢と妥協しなければならなくなる。

 そうだとしても、菅は内閣が政治の実権をもつイギリス式議会制民主主義の実現を目指し続けるのではないか。党執行部は、小沢に近い議員グループにいくつかの譲歩を行ったかもしれない。だが目標はあくまで、官僚と一般議員の力を抑え首相と内閣の権限を強化することに他ならない。

[日本時間2010年06月09日04時05分更新]

プロフィール

トバイアス・ハリス

日本政治・東アジア研究者。06年〜07年まで民主党の浅尾慶一郎参院議員の私設秘書を務め、現在マサチューセッツ工科大学博士課程。日本政治や日米関係を中心に、ブログObserving Japanを執筆。ウォールストリート・ジャーナル紙(アジア版)やファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌にも寄稿する気鋭の日本政治ウォッチャー。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任し国連大使に指

ビジネス

米マスターカード、1─3月期増収確保 トランプ関税

ワールド

イラン産石油購入者に「二次的制裁」、トランプ氏が警

ワールド

トランプ氏、2日に26年度予算公表=報道
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story