コラム

諜報活動における「大惨事」──気球騒動を必要以上に炎上させた米中両国の「間抜け」

2023年02月20日(月)17時22分
U2機, ソ連市民

撃墜されたU2機の機体の周りに集まるソ連市民(1960年) BETTMANN/GETTY IMAGES

<一国の政府が常に一枚岩で行動するわけではないが、気球騒動では両国ともにあまりにも連携が悪く、2国間の関係がさらに悪化してしまった>

第2次大戦中の1944年と45年に、日本軍が約9000個の「風船爆弾」(爆弾を搭載した気球)をアメリカに向けて飛ばし、そのいくつかが西海岸の森林を燃やした。

しかし、当時の米政府が報道を抑え込んだことにより大きな騒ぎにはならず、国内政治でも国際政治でも風船爆弾が政治の道具として用いられることはなかった。2023年に持ち上がった気球騒動も、最初はすぐに収束するかと思われた。

中国の偵察気球が米領空に入り込み、内陸の核施設の上空にもしばらく浮遊していたらしい──このニュースが大きく報じられると、米政府はブリンケン国務長官の訪中を延期したが、これはかなり抑制的な反応と言えた。

一方、中国側は数日間の気まずい沈黙の後、気球が自国のものであることを認めて、民間の「気象観測用」の気球が風の影響で迷い込んだと説明した。これにより、米中両国は緊張緩和への取り組みを継続できそうに見えた。

ところが、その期待は見事に裏切られた。国際政治ではよくあることだが、政治家の本能が良識と節度に勝ってしまったのだ。

アメリカの共和党政治家たちは早速、これをバイデン大統領たたきの材料にし、政権の弱腰を非難した。そうなると、バイデンは批判を払拭する行動を取らざるを得なくなり、大西洋上で気球を撃墜した。すると、「戦狼外交」を展開する中国当局も米政府の対応を激しく批判し始めた。

偵察行為の現場を押さえられたという状況は、あまりにバツが悪い。ライバル国の領空にバス3台分もの大きさの物体を飛ばしておいて、「気象観測用」と主張するのは、定番の言い訳ではあるが、説得力を欠く。

もっとも、1960年にアメリカの偵察機U2が旧ソ連上空で撃墜されたときには、米政府も同様の釈明をしたのだが。

中国政府は今回、率直にミスを認めたほうが得策だった。そうすれば、(アメリカの共和党政治家を別にすれば)世界は失笑するけれど、すぐに飽きて、次のばかげた話題に関心を移しただろう。ところが、中国は対応を誤り、自国をけんか腰の間抜けに見せてしまった。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米長官らスイス到着、ウクライナ和平案協議へ 欧州も

ワールド

台湾巡る日本の発言は衝撃的、一線を越えた=中国外相

ワールド

中国、台湾への干渉・日本の軍国主義台頭を容認せず=

ワールド

EXCLUSIVE-米国、ベネズエラへの新たな作戦
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 5
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 6
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 7
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 8
    Spotifyからも削除...「今年の一曲」と大絶賛の楽曲…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story