コラム

アメリカの地方の低学歴の白人が、「銃=自由」を本気で正しいと信じる理由

2022年07月12日(火)19時11分
ハイランドパーク銃乱射事件

止まらない自己破壊の連鎖(事件翌日のハイランドパーク) CHENEY ORRーREUTERS

<どれだけの人々が銃犯罪で命を落とそうと、銃の支持者の「自由のために必要な犠牲」という信念が決して揺るがない構図とは?>

今年1月1日以降、アメリカでは銃乱射事件(1人以上の容疑者の犯行によって4人以上が銃で負傷または死亡した事件)が300件以上、発生している。5月24日にテキサス州ユバルディの小学校で児童19人を含む21人が犠牲になってから、7月4日にイリノイ州ハイランドパークで独立記念日を祝うパレードの最中に7人が死亡、数十人が負傷するまでの間にも100件以上起きている。

いつものように、国民の3分の2は大量の血が流れたことに憤慨し、銃規制の強化をさらに強く求めている。一方で国民の3分の1は、「罪のないアメリカ人の死は、銃器を規制なしに所有する自由のために必要な代償である」と信じ、銃規制に向けた政府のいかなる行動も阻止している。

こうした麻痺状態を生んだのは、アメリカの政治システムだ。銃愛好家が多く住む地方部の有権者が不釣り合いに大きな影響力を持ち、共和党は地方部の白人有権者と、強力なロビー団体である全米ライフル協会(NRA)と手を携えている。

銃社会アメリカの「事実」を見れば、社会病質的な様相は明らかだ。2021年に銃で死亡した人は全米で4万5000人。00年以降70万人以上が銃で命を落としている。犯罪率や自殺率、精神疾患の罹患率はヨーロッパと同程度だが、銃による死亡率は10倍も高い。ヨーロッパでは銃器の数は5.5人に1丁、アメリカは1人に1.2丁。私の家から20分以内に銃砲店は10軒以上ある。これが「普通の」アメリカだ。

国民の1/3にとっては社会的・政治的アイデンティティー

ただし、こうした事実も重要な意味を持たない。「銃を持つ権利」は、共和党支持者や地方在住者、低学歴の人々にとって、集団意識と帰属意識を強化する社会的・政治的アイデンティティーになっているからだ。国民の3分の1にとってこの権利は、自分の居場所とリバタリアニズム(自由意思論)を確認する手段だ。

銃乱射事件に対する反応は今や儀式的でさえある。共和党とNRAは犠牲者に敬虔な「思いと祈り」をささげ、「今はこの悲劇を議論したり政治問題化したりする時ではない」と厳かに言いつつ(では、いつならいいのか)、いかなる銃規制もアメリカの「自由」を侵害すると反対する。

6月下旬には米上下院で、銃の安全対策を強化する超党派の法案が可決された。もっとも、30年ぶりの「歴史的」快挙ではあるが、18~21歳の銃購入希望者の身元確認が強化されるにすぎない。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

冷戦時代の余剰プルトニウムを原発燃料に、トランプ米

ワールド

再送-北朝鮮、韓国が軍事境界線付近で警告射撃を行っ

ビジネス

ヤゲオ、芝浦電子へのTOB価格を7130円に再引き

ワールド

インテル、米政府による10%株式取得に合意=トラン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「このクマ、絶対爆笑してる」水槽の前に立つ女の子、ホッキョクグマが取った「まさかの行動」にSNS大爆笑
  • 3
    3本足の「親友」を優しく見守る姿が泣ける!ラブラドール2匹の深い絆
  • 4
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 5
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 8
    一体なぜ? 66年前に死んだ「兄の遺体」が南極大陸で…
  • 9
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 10
    海上ヴィラで撮影中、スマホが夜の海に落下...女性が…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 7
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 8
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 9
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story