コラム

世界が瓦解する音が聞こえる──ウクライナ侵攻の恐怖

2022年02月25日(金)15時29分

それが全部裏切られた。プーチンは、我々人類の中にある、そういった弛緩の裏をかいて、第二次大戦後、77年をして我々の世界観を完全にひっくり返した。私たちが忘却し、或いは忘却しなかったとしても「戦争の方法そのものが変わったのだ」という現代戦の教科書的解説にすがって、「そんなことはあり得ない」「起こらないのだ、仮に起こしたくても無理なのだ」という若干願望めいた世界観をことごとく破壊した。我々は完膚なきまでにプーチンにしてやられたのだ。

思えば侵略戦争の加害国は、すべて敵の弛緩の裏をかいてきた。ヒトラーが1938年のミュンヘン会談で英仏にチェコのズデーテン地方の併合を認めさせた時、英首相チェンバレンは「これ以上の領土的野心はない」というヒトラーの詭弁を信じ、ロンドンに凱旋した。チェンバレンは「これで平和は守られた」とスピーチして喝さいを浴びた。ところがヒトラーは翌年ポーランドに電撃侵攻してその全土を約2週間で占領した。第二次大戦の悪夢が始まったのである。

フランスは独国境にマジノ線要塞があるから対独防備はまず大丈夫である、と高を括っていた。ドイツ軍参謀マンシュタインはその裏をかき、ドイツ機械化部隊はマジノ線を無視してオランダ・ベルギーから一気呵成に越境してパリを占領した。マジノ線は当時のフランスが総力を挙げて築き上げた大要塞であり、これがあれば概ね不安はない、という弛緩した空気の虚を突かれた。

真珠湾攻撃もそうだった

1941年6月、ソ連首相スターリンは諜報機関からドイツ軍の国境集結の情報を受け取っていながら、「侵攻は無い」と結論して安堵したために、緒戦で赤軍は壊滅し、モスクワ占領一歩手前までの窮地に立たされた。或いは1941年12月、ルーズベルトは「仮に日本が太平洋方面を攻撃するとすれば、それはフィリピンだ」として、ハワイ防衛の必要性を軽視した。そしてあの真珠湾攻撃が起こった。

「侵略者は常に相手の裏をかく」という、いわば古典的侵略戦争における"原則"をこれだけ我々は歴史的に経験しながら、「ああいった大規模侵略は、最早起こりようがないのだ」と弛緩したために、またもその裏をかかれたのだ。少なくとも西側の私たちは常日頃「歴史からの教訓」と口にするが、実際には何も教訓としていなかったばかりか、皮膚感覚に、私たちの心の奥底に打刻することを怠ったのだ。そしてそれを事前に、ほとんど正確に予測していたアメリカの諜報機関等による情報精度が如何に高かったのかを、世界は直後に知ることになったのである。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:「AIよ、うちの商品に注目して」、変わる

ワールド

エアバス、A320系6000機のソフト改修指示 A

ビジネス

ANA、国内線65便欠航で約9400人に影響 エア

ワールド

アングル:平等支えるノルウェー式富裕税、富豪流出で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場の全貌を米企業が「宇宙から」明らかに
  • 4
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 5
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 6
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 7
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 8
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 9
    エプスタイン事件をどうしても隠蔽したいトランプを…
  • 10
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 4
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 8
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story