コラム

なぜ日本人はホロコーストに鈍感なのか【小林賢太郎氏解任】

2021年07月27日(火)16時24分

当時も現在でも保守界隈には、「日本はドイツと違う」論がある。日本とナチスドイツは確かに日独伊三国同盟を組んで枢軸の一員であった。しかし日本はドイツの様な「ホロコースト」は断じてやっていない。よって同じ同盟国でも日本とドイツは違う―、という「日独相違論」みたいなものが保守界隈のスタンダードで、現在でもある。

日本政府は、在独大使館員らからの情報でナチスによるユダヤ人迫害を当然知っていた。しかしながら米英と対立し、孤立する日本はこれを知りながらナチスに接近した。1939年9月にドイツがポーランドに侵攻して第二次大戦がはじまり、翌年には早々にフランスが屈服すると、ヨーロッパでドイツと戦うのはほぼイギリス一国となった。日本は日独伊三国同盟に基づき、降伏したフランスに代わって南仏のヴィシーに首都を置くヴィシー政府と協定を結んで1940年には相次いで北部仏印(現在のベトナム北部)、そして南部仏印にも進駐した。

この日本の露骨な南方進出行為が険悪な日米関係をさらに悪化させ、太平洋戦争の引き金になった。日本はナチスによるユダヤ人迫害の情報を掴んでいながら、ヨーロッパによるドイツの勝利(イギリス敗北)を前提に太平洋戦争に突き進んだ。太平洋戦争がはじまると、ヒトラーは参戦義務はないものの日独伊三国同盟の精神からアメリカに宣戦布告した。戦争は世界に拡大した。ヒトラーは東アジアにおける最大のイギリスの拠点であるシンガポール攻略を日本に期待した。事実、日本軍は南方作戦で早々にシンガポールを占領することに成功した。ヒトラーの野望に日本軍が応えた形だ。こういった事実を公教育の近代史ではまるでやらない。

確かに日本はドイツと同盟国でありながら、ナチのユダヤ人迫害政策とは距離を置いていたと見ることもできる。有名な杉原千畝による「命のビザ」の物語などはその一例である。しかしそれでも、日独関係を慮って東京から杉原に圧力があったことは事実だった。

日本は確かに直接ホロコーストに関与していないとしても、それを知りながらドイツと同盟国になったのだから道義的責任は免れない。この点は反省しなければならない。決して日本は、当時からイノセンス(無実・無垢)ではなかった。こういった点を、学校教育の中ではまるで扱わない。だから日本は、「ホロコースト」に対して漠然と「ドイツがやった悪い事」程度の認識しかない。教育の中で何も教えないからである。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

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