コラム

「慰安婦は売春婦」のラムザイヤー論文で、アメリカは日本の歴史修正主義に目覚めた

2021年03月19日(金)16時59分

なぜラムザイヤー論文が出てきてしまったのか?

学問的に多くの問題があるラムザイヤー論文が学術誌の査読を通ってしまったことについて、深刻に考えている学者も多い。2月17日にはハーバード大学の歴史学部の二人の教授が論文の撤回要求声明を出し、翌18日には5人の研究者による研究上の不正を理由とした撤回要求声明が出ている。それ以降も、この論文を「懸念する経済学者たちのレター」にゲーム理論の研究者含む学者2000名以上が署名するなど、ラムザイヤー論文に批判が集まる一方、ラムザイヤーを学問的に擁護する声はない。

それでは、なぜこの論文が査読を通ってしまったのか。その理由は明らかになっていないし、学術倫理上明らかにすべきでもない。しかし、恐らく現在、当該経済誌において再検証が行われていることは推察される。

これまでは普通の研究者だと思われていたラムザイヤーが、なぜある時期から日本に関する差別的で学問的にも問題がある右翼言説のコピーを始めたのかもよく分かっていない。ラムザイヤーの立場は三菱グループの寄付を受けた「三菱日本法学教授」だが、これが直ちに三菱グループの政治的意図反映するわけではない。しかし何らかの影響を及ぼしている可能性はある。

またハーバード大学の地域研究が、歴史的に地域研究と深い関わりがある植民地主義に無反省であり、同盟国を分断支配する思考を潜在的に持っているという問題も指摘されている。

ラムザイヤー論文によって起こりうる変化

ラムザイヤー論文によって、日本軍「慰安婦」の性奴隷制を否定したい日本の右派は勢いづいているといえる。しかし北米の学術界では、かつてないほどの動きで「慰安婦」否定論に対抗する動きが巻き起こっている。ある意味では、日本軍「慰安婦」は日韓の問題だろうと余所事として考えていた北米の研究者を「覚醒」させたのだ。

日本側が世界で繰り返し仕掛ける「歴史戦」はすべて反発を呼んでおり、日本の戦時性暴力の問題がより認知され、追求されていくきっかけとなっている。それは、今回のラムザイヤー論文に対する反発が、迅速に拡大し、かつ学問的に正確なかたちで行われたことにも現れている。これは、歴史修正主義に対する運動が、これからも力強く続いていくことを示している。

今回の報告で、具体的な資料や書誌情報については字数の都合で紹介できなかったので、本格的な日本軍「慰安婦」制度の研究が知りたい人はFight for Justiceのページで補完してほしい。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

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