コラム

「慰安婦は売春婦」のラムザイヤー論文で、アメリカは日本の歴史修正主義に目覚めた

2021年03月19日(金)16時59分

当時の日本でも、人身売買は違法であった。 しかし裁判所は人身売買契約は娼妓稼業契約としては無効だが、金銭消費貸借契約は有効であるという判決を出したり、人身売買を禁じる国際条約で植民地を適用除外になっていたり、政府公認の芸娼妓酌婦紹介業があったりするなど抜け道があった。

ラムザイヤーは、1938年の「慰安婦」国外移送に関する内務省警保局長通牒で、「慰安婦」本人が警察署に出頭した場合に渡航許可証を発給するとされていることを「慰安婦」契約が対等なものであったという証拠としている。しかしラムザイヤーは、通牒にこうした規定があるのは日本軍「慰安婦」以外の売春業を取り締まるためのものであったことを無視している。この通牒は、むしろ日本軍「慰安婦」を海外移送目的人身売買の例外として処理した証拠なのだ。「慰安婦」契約は当時としても人権侵害であるはずなのだが、それを日本軍や政府が主導で行っていたのだ。

ラムザイヤーの、実態に合わない娼妓像

ラムザイヤーは、「慰安婦」の契約書はひとつも提出することはできていないが、当時の日本の娼妓契約や娼妓の実態をもって、その根拠としている。一般的な娼妓と日本軍「慰安婦」の差異を無視していることは置いておくとしても、その娼妓の研究についても史料を改竄していることが検証で分かっている。

具体的には、奴隷的拘束であったことを示す娼妓の自由を奪う条項の契約書からの削除、主体的な廃業が難しかったことを示す21歳以下および28歳以上の娼妓の数の統計資料からの削除だ。これは端的に研究不正ということができるだろう。

さらに、娼妓が支出の多い職業だったことを無視して、単なる収入から娼妓は高給取りだったという結論を出している。実態は、娼妓は収入に対して支出が多く、前借金がなかなか返せず、むしろ借金が増えてしまう例も多かったという。それはラムザイヤーの用いている史料にも書かれているはずなのだ。

日本軍「慰安婦」についても、ラムザイヤーは高給取りだったとしている。その根拠として用いるのが、従来の否定論でもよく用いられる、東南アジアにおける「慰安婦」の給料の史料なのだが、支払いはハイパーインフレーション状態にあった軍票で行われていた。故郷へ送金できたとしても、その引き出しは当局によって規制されていた、という実態を無視している。

簡単にまとめると、上記1)2)4)は誤りで、日本軍「慰安婦」制度は、日本の行政機関や軍が主体的に整備した人身売買契約の「性奴隷制度」であったことが学術的に立証されている。3)に関しては、日本軍「慰安婦」は奴隷的拘束を受けており借金もなかなか返せず廃業も困難であったことが学術的に立証されているのだ。歴史修正主義者はすでに学術的には否定された事柄を繰り返し述べているだけにすぎない。ラムザイヤーもその一人なのだ。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

EUの炭素国境調整措置、自動車部品や冷蔵庫などに拡

ビジネス

EU、自動車業界の圧力でエンジン車禁止を緩和へ

ワールド

中国、EU産豚肉関税を引き下げ 1年半の調査期間経

ビジネス

英失業率、8─10月は5.1%へ上昇 賃金の伸び鈍
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 9
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 10
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 9
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story