コラム

「人類のサバイバルに寄与する」、イーロン・マスクが描く破壊的フィジカルバリューチェーン

2021年06月18日(金)17時00分

ざっと書き出してみると
・フィジカルワールドでの新価値・機能創造
・ゼロベースからの最適解の追求
・人間・生命の理解とその拡張
・速度重視/超高速ロードマップとトライ・アンド・エラー
・指数関数的な学習・進化をもたらすデータと処理システム
・独自ロジックの構築
・独自素材の開発
・独自な生産方式・環境の構築
・性能志向(新性能・新機能)
・徹底した合理主義
・生活の基盤からの変革
・ユーザーへの直接のコンタクト・販売
・新しい使い方・買い方の提示
・新価格基準
・事業間の連携・拡張
・超合理的なマーケティング(ほぼゼロ)
・Cloud & edge Computing
などがある。

フィジカルな世界での新価値創造に挑んでいるので、デジタル中心の事業と異なり、物作り的に成し遂げなければならないことが多く、とてもハードルの高いことをしているのだが、一旦実現してしまえば、圧倒的な競争力を持つことになる。

究極の目標は「人類のサバイバルに寄与する」

その背景にあるのは、俯瞰的で高い視座だ。明言こそしていないが、これまでの彼の発言の断片と実現されている事業から見ると、彼の頭の中の究極の目標は「人類のサバイバルに寄与する」といったレベルに置いていると想像している。

火星に人を送り込んで居住可能にするというのも本気の目標なのだろう。それを実現するための技術開発は目の前の改善を行う開発とは視座が違い過ぎる。少なくともテスラの目指しているビジョンの中で「完全に持続可能な移動・エネルギーエコシステムの構築を目指し」と述べている様に、単独の製品やサービスを超えた高いところに視点を持っていることは確かだろう。

競合に対して優位性を築く差別化戦略ではなく、自らが設定した大きな目標にチャレンジすることが、彼の多動と類まれな速度を生み出しているといえる。差別化ではないので、目標やビジョンに向けてゼロベースでの最適解を考え、挑んでいる。そのため、機能・性能・価格が全く異なる基準に到達できる。

また、イーロン・マスクは各分野のエンジニアや研究者と直接会話し指示できる領域横断の理解力と知識を持つ稀有な経営者でもある。従来の産業や専門性を超えた広い俯瞰的な視点は、その彼の特性が生み出していることもこのチャートから理解できた。その彼の作り出した事業群は、それぞれの成長だけでなく、より強い関連をもって、社会を変革しようとしている。

エネルギー、住宅、モビリティ、通信、製造、リテールと幅広い

最近はイーロン・マスクの発言が暗号資産の市場価格の乱高下を招いたように、彼の一挙手一投足には多くの業界から注目が集まっており、アマゾンの動きで株価が乱高下する「アマゾンエフェクト」のような影響力を確実に持っている。

これまでのデジタル中心のGAFAと異なり、イーロン・マスクの手がけている市場はエネルギー、住宅、モビリティ、通信、製造、リテールと幅広い。実際テスラ社は太陽光パネルからの電力を蓄電し、夜間電力や停電時の電力に使うための家庭用蓄電池Powerwallをすでに日本市場で販売しており、住宅設備業界では早速風雲児となっている。

日本では恐らくテスラの自動車ユーザーよりも住宅に備え付ける蓄電池ユーザーの方が増えることになるだろう。いずれ日本中の全ての蓄電池をネットワーク化しコントロールすることで新しい売電ビジネスなどにも乗り出すかもしれない。自動車を販売するのとはまるで異なるところからもすでにテスラは攻めてきているのである。

このようにGAFAのデジタルとは無縁のエネルギーや住宅などの世界にもテスラはどんどん攻めてくる。破壊的イノベーションの影は自分の業界はまったく関係無いだろうと思っているようなところにも訪れるかも知れない。それだけの広がりをイーロン・マスクのビジョンは持っているのだ。

プロフィール

藤元健太郎

野村総合研究所を経てコンサルティング会社D4DR代表。広くITによるイノベーション,新規事業開発,マーケティング戦略,未来社会の調査研究などの分野でコンサルティングを展開。J-Startupに選ばれたPLANTIOを始め様々なスタートアップベンチャーの経営にも参画。関東学院大学非常勤講師。日経MJでコラム「奔流eビジネス」を連載中。近著は「ニューノーマル時代のビジネス革命」(日経BP)

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