コラム

スカイツリーではなく縄文杉に見る日本の価値

2012年06月25日(月)09時00分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

〔6月20日号掲載〕

 日本には指導者はいないがアイドルはいる。東京スカイツリーだ。開業以来、国内のメディアは延々と褒めたたえ、あらゆる角度からツリーの横顔を伝えているが、高さが話題になるばかりで誰もあえて聞こうとしない──スカイツリーは本当に美しいのか?

 フランスの建築家がパリのルーブル美術館の後ろにあのようなものを建てたら、日本人はショックを受けてパリに行かなくなるだろう。しかし自分の国となると、大人も子供もあれを違和感なく受け止めているようだ。

 以前にこのコラムでスカイツリーの話をした際、建造物の「高さ」を競っているのは、最近では中国やドバイなどもっぱら新興国だと書いた。スカイツリーについて伝える欧米の記事(あまり多くはない)は民族学的な視点から、日本人はAKB48の次のアイドルを見つけた、と分析する。

 一方で、日本は文化的価値のある近代・現代建築にさえさっさと引退勧告をしがちだ。建造物の保存に関する法整備が不十分なため、取り壊しの危機にさらされる文化財が後を絶たない。吉田鉄郎が設計した旧東京中央郵便局舎や、吉村順三が手掛けた愛知県立芸術大学のキャンパスがその例だ。前者には当時の鳩山邦夫総務相が待ったをかけ、後者は国内外から抗議が相次ぎすんでのところで全面解体を免れた。

 一時は東京タワーの解体まで噂されたこの国では、かつて一世を風靡した「アイドル」たちでさえ昔の栄光に浸っている余裕はない。その間にも、再開発の名の下で新人が続々と投入されている。

■自然のあるべき大きさを実感

 日本人は、真の美しさをたたえる精神を失ってしまったのだろうか。そんなことはない。5月後半に私は、美の価値を知る多くの日本人に出会った。そこにいた彼らは皆、本物のツリーを見上げていた──屋久島の縄文杉だ。

 どちらのツリーも日本のシンボルだが、分類学的にはまるで別物だろう。スカイツリーの同世代は、レディー・ガガとAKB48。一時的にせよ熱狂的なファンを生み、開業初日だけで約20万人が訪れた。

 縄文杉は世界で最も古いツリーの1つで、屋久島はユネスコの世界自然遺産に登録されている。縄文時代も平成の時代も経験し、清少納言や西郷隆盛と同時代に生き、野田佳彦と同じ空気を吸っている。推定2000~7000歳。幹の周囲は16・2メートル、高さは25・3メートルだ。

 毎年約1万人が縄文杉を訪れる。私が現地で会った人々は、これまで会った中で最も礼儀正しい日本人だった。縄文杉の前にレディー・ガガが現れることはまずないだろう。「私が案内するのは看護師や教師など、本当の人間関係を持っている方が多いです」と、屋久島で私を案内したガイドは言った。地面にはごみ1つ落ちていない。猿や鹿に餌をあげてはいけないというルールを、99%の観光客がきちんと守る。ガイドによると、屋久島の無垢な純粋さに引かれ、ここで結婚式を挙げる人が増えているという。

 聞こえてくるのは鳥の声だけ。縄文杉は世界で高く評価されている。人間に、特に日本人に、自然のあるべき大きさを思い出させる。慎みと思慮深さを伝え、時間の価値を思い出させる(日本の文化でとても大切な価値だ)。私は自分の子供たちをスカイツリーではなく縄文杉に連れて行き、日本の本当の姿を教えたい。

 スカイツリーは日本の失われた自我の最新のシンボルだ。中年男性が若い女性を振り向かせようと大きな車を買うように、日本人は高さを自慢しながら、自分たちが無力になったことを宣言している。

 リーダーがいないこの国は、背が高いだけで頭は空っぽのアイドルに癒やしを求めているのかもしれない。東北の被災地復興が遅々として進まない現状から目を背け、スカイツリーは「復興のシンボルだ」と叫びながら。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米失業保険継続受給件数、10月18日週に8月以来の

ワールド

中国過剰生産、解決策なければEU市場を保護=独財務

ビジネス

MSとエヌビディアが戦略提携、アンソロピックに大規

ビジネス

英中銀ピル氏、QEの国債保有「非常に低い水準」まで
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story