コラム

「カカ」を笑い飛ばすソウル発SNSの新風

2012年01月24日(火)17時42分

今週のコラムニスト:クォン・ヨンソク

〔1月18日号掲載〕

 昨年12月、「リセンス学級会」という企画に「一日先生」として参加した。場所は東京・神田。招かれた先生が生徒である市民と率直かつ深い意見交換を行い、その模様がネット配信されるという試みだ。リセンスとは、これまでの認識や感覚を再検討するという意味で、一方的な講演ではなく双方向性を重視しているという。

 師走の忙しい時期にもかかわらず参加を決めたのは、スポンサーを付けず自由な言論を目指すという趣旨に共鳴したことと、ツイッターなどのSNSを通じて、今の韓国で社会現象になるほど人気を集めている、あるポッドキャスト(インターネット放送)に触発されたから。今回はその「番組」を紹介したい。日本でもこの試みを行えば、きっと多くの反響を得られるはずだからだ。

 その番組の名は『ナヌン・コムスダ』、略してナコムス。ナヌンは「私」、コムスとは「ずる賢い低俗な策略(家)」という意味だ。この番組は「カカにささぐ献呈放送」を標榜する政治トークバラエティーである。

 カカとは閣下の韓国語読みで、大統領のことを指す。つまり、これは現役の「閣下=大統領」を名指しで批判するとんでもなく危険な番組なのだ。実際、初回の放送で番組は大統領の任期が終わるまで続くが、任期が終わればカカは不正疑惑で逮捕され刑務所に入ってネットに接続できなくなるとまで「宣言」した。

 番組は基本的に4人の論客を中心に、密室で2時間半ほど延々とだべるだけのもの。スポンサーもギャラもないが、出演者たちは楽しそうだ。大統領や与党を風刺する替え歌なども登場する。大統領の発言を流した後に韓国の童謡「ウソつきはダメよ」が流れるという具合だ。

 この番組が空前の人気を呼んでいる秘密は、その毒舌と絶妙な比喩とウイットに富んだ風刺にある。与党に何らかの疑惑があれば、「小説を書くとすれば」と前置きした上で、好き放題に批判しまくる。それでも、豊富な情報量や専門性、知性、人間性があるので十分な信憑性が担保されている。

■政治はテレビ番組より面白い

 さらに、もう1つの人気の理由は既存メディアが信頼を失い、韓国市民が真実に飢えているということにある。際どい言葉も交えた言いたい放題の番組だが、真実を求めるリスナーはそこでつかの間の空腹感を満たす。新聞も読まず政治に関心を示さない若者層にも、テレビのバラエティー番組より面白いと好評だ。

 その波及効果は甚大で、ソウル市長選にも大きな影響を与えたとされる。主宰者であるキム・オジュンは時の人となり、近著は韓国ではスティーブ・ジョブズ関連本と人気を二分するまでになった。

 こうした「地下放送」の文化は勢いを増しており、経済問題を中心に扱う姉妹番組も誕生した。危機感を覚えた保守派は、『ノヌン・コムスダ(おまえはコムスだ)』という対抗放送で反撃に出たが、反応はぱっとしない。李明博が12月の訪日の際に唐突に慰安婦問題を取り上げたのは、こうした流れの中で窮地に追い込まれたことも背景にあるようだ。

 ナコムスは「扇動メディア」なのか、それとも「オルタナティブ(代替)言論」なのか。中東の春でその威力を見せつけたSNSは韓国や日本でも、情報と知識の民主化によって変革を生むのか。1つ言えるのは、バランス感覚と客観性に縛られ、権力や不条理にモノ申せない優等生的な既存メディアや知識人にはそっぽを向かれるだろうということだ。

 この番組には問題もある。電車の中で放送を聞くと、思わず一人で噴き出してしまうのだ。ナコムスほど、知的で健康な笑いを提供する番組はない。日本にも、ぜひこうした番組が登場してほしい。現在の日本政治を見る限り、笑いにできるネタはかなり豊富なはずだ。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:イラン攻撃に踏み切ったトランプ氏、外交政

ワールド

イラン情勢、木原官房長官「石油需給に直ちに影響との

ワールド

茂木外相、「核兵器開発は決して許されない」 米攻撃

ワールド

米・イスラエルがイランに大規模攻撃、体制転換視野に
MAGAZINE
特集:日本人が知らない AI金融の最前線
特集:日本人が知らない AI金融の最前線
2026年3月 3日号(2/25発売)

フィンテックの進化と普及で、金融はもっと高速に、もっとカジュアルに

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力空母保有国へ
  • 2
    「努力が未来を重くするなら、壊せばいい」──YOSHIKIが語った創作と人生の覚悟
  • 3
    「若い連中は私を知らない」...大ヒット映画音楽の作曲家が「惨めでもいいじゃないか」と語る理由
  • 4
    【クイズ】世界で最も「一人旅が危険な国」ランキン…
  • 5
    ウクライナが国産ミサイル「フラミンゴ」でロシア軍…
  • 6
    がん治療の限界を突破する「細菌兵器」は、がんを「…
  • 7
    【クイズ】サメによる襲撃事件が最も多い国はどこ?
  • 8
    トランプがイランを攻撃する日
  • 9
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 10
    インフレ直撃で貯蓄が消える...アメリカ人の54%が「…
  • 1
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医師がすすめる意外な健康習慣
  • 2
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの謎判定に「怒りの鉄拳」、木俣椋真の1980には「ぼやき」も
  • 3
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体には濾過・吸収する力が備わっている
  • 4
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 5
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 6
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 7
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面…
  • 8
    米国の中国依存が低下、台湾からの輸入が上回る
  • 9
    中国で今まで発見されたことがないような恐竜の化石…
  • 10
    住宅の4~5割が空き家になる地域も......今後30年で…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story