コラム

ISIS事件で問われるソーシャルメディア・リテラシー

2015年02月04日(水)13時56分

 日本人人質事件で日本にも急に身近な存在となったISIS(自称イスラム国、別名ISIL)は、以前からメディアの巧みな利用方法で注目を集めてきた。

 最近の一連の流れを追っても、ビデオをリリースするタイミングやその内容は、われわれの関心を縛り付け、関心と我慢がピークに達した頃に、想像を超えた残忍さで落胆をプロデュースするというものだった。

 ビデオに伴うメッセージの言葉遣いも、恐怖心を最大限に喚起するよう並べられているのがわかる。

 安倍晋三首相に向けたメッセージはこうだった。「アベよ、勝ち目のない闘いに加わるなどという、無謀な決断を下した報いとして、このナイフはケンジを殺りくするだけでなく、さらに歩みを続け、どこであれお前の国の人間が見受けられた場所に屍を残すだろう。日本の悪夢の幕が切って落とされた」

 単なる声明ではなく、小説の一節としてでも出てきそうなほど濃度の高い言い回しである。もちろん、われわれはこれを聞いて背筋が凍るような思いに見舞われる。だがそれは、実際に襲われるのではないかという恐怖というより、一方で殺りく行為を行いながらこれほど凝った言い回しができる冷血な知性のようなものに対する驚愕だろう。その意味で、ISISの挑発的なメディア戦略は心理戦という、より深いレベルでも功を奏しているのだ。

 心理的効果を更に高めるため、殺害場面を録ったビデオの内容も今よりさらに残酷なものになる可能性がある。ISISは筋の通った戦略よりも、メディアに対するインパクトを最重要視して動いているのではないかと思ってしまうほどだ。

 よく知られているように、ISISのメディアは兵士をリクルートするためにも用いられてきた。独自の雑誌を発行し、その中では兵士たちの活動をドキュメントした写真が美しくレイアウトされている。ビデオは、子供たちと遊ぶ兵士たちの笑顔を捉えている。そうした中で、シリアからイラクへ侵攻する兵士たちの画像に「われわれに国境は見えない。これからもずっと......」といったキャプションがついていたりする。雄弁でインスピレーションに溢れた表現で誘いをかけるのだ。

 それに加えて、兵士自身やそのシンパが、「僕たちだって、たまには怠けてじゃれ合っていることもあるよ」と、ごく普通の若者であることをソーシャル・ネットワークでアピールしたりする。消費社会風に言えば、これはマーケティングの類いだ。正面から正統に売りつけるのではなく、心理に働きかける情報操作としてとらえるべきなのだ。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

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