コラム

ロボット、人工知能、医療にまで手を広げるグーグルの征服願望

2014年01月31日(金)11時32分

 私事で恐縮だが、半年以上前から取材しようと楽しみにしていた一連の新興企業があった。いずれもロボット関連の企業だ。ところが、昨年末、それらが軒並みグーグルに買収されていたことがわかった。その数はなんと8社。グーグルに買収されると厳しい箝口令が敷かれるのだろう。各企業は取材ダメ、のダンマリ状態に入ってしまう。

 期待の新興企業がグーグルにあっという間に取り込まれてしまったのは、ちょっとショックだった。もちろん、グーグルの買収自体は珍しいことではない。だが、次世代のロボット技術をごっそりと手元に引き寄せたグーグルは、まるで新生の業界をまるごと先取りし、独り占めするようなものだ。その財力に今さらながら愕然とした。

 それもあってふと我に返ると、実はもう私たちの生活はグーグルの包囲網にすっかり囲まれているのではないのか。わかりやすいレベルで言えば、マーケットシェアがあるだろう。検索、オンライン広告、ビデオ、ニュース、マップ、アンドロイドと、われわれが日常的に使うものの多くがグーグル製だ。

 それに加えて、出遅れていたはずのソーシャルネットワークでもどんどん勢いを増している。最近は、グーグル+の知らせがたくさん入るし、身の回りで使っているユーザーも増えた。そして、以前は簡単に見られたものが、なぜか今はグーグル・アカウントにログインしなければ使えないものが増えたような気もする。グーグルの下に管理されているような気分だ。

 うっかりしていると、クローム・ブラウザーの右上にグーグル+で使っている自分の顔写真が出ていたりする。「ログインしていますよ」ということを知らせてくれているのだろうけれど、そもそもブラウジングにログインは無関係ではなかっただろうか。それが今やひとつになっている。親切にも「ログインした状態でブラウジングすると、ブラウザー上の行動は丸見えですよ」とあからさまに教えてくれているわけだが、そういうことを知らないユーザーもたくさんいるだろう。

 やはりお知らせがよく入るグーグル・ナウなどは、もう怖くて使えない。グーグル・ナウは、生活のあらゆる局面でグーグルのサービスがサポートしてくれるというコンセプトだが、そのためには位置情報、予定表、行動、買物など、自分の情報をグーグルにすっかり預ける必要がある。グーグルに身投げするようなものだ。せめてこれだけは抵抗したい。

 だが、言いたかったのはそんなことではない。グーグルの包囲網は、グーグルのサービスがどんどんリアルな世界の方へ拡張してくるに従って、さらにひしひしと感じられるようになっている。

 たとえばグーグル・グラス、そして先頃買収したサーモスタットの会社ネスト、そして来るべき自走車など、グーグルはリアルなモノの世界にも触手を伸ばしている。スクリーンの中だけかと思っていたのに、われわれの実際の日常生活の中にも入ってきて、行動や生活パターン、そして交流関係まで把握できるようになるのだ。

 その意味では、冒頭に挙げたロボット会社も無縁ではない。ロボット技術と「ネット化されたモノ(インターネット・オブ・シングズ)」の技術は紙一重の関係だ。その証拠にネストにはロボット研究者が関わっている。グーグルが、そんなモノによって今後われわれの生活の中に本当のネットワークを張り始め、われわれのことをじっと見ていてもおかしくない。

 そして、やはり先頃買収したAI(人工知能)の会社ディープマインドが、ネット上とリアルの生活両方でわれわれのことをもっと学習するようになるだろう。ここから逃げようとしても、もう遅すぎるのかもしれない。

 創設された頃、グーグルは「エンジニア主導の新しいタイプの企業」などともてはやされていたが、そのなりわいが今になってやっと理解できたような気がする。グーグルはそれ自体がマシーンのように、何かを生み出し続ける。生み出すというか、テクノロジーがわれわれの生活をどんどん耕していくイメージだろう。止まることなく進むので、いずれわれわれの生活に余すところなくグーグルの何かが配置されるようになる。

 これまでの企業ならば、開発を行う技術部門があっても、あと半分以上は事務系やセールス、マーケティングなど、人間的ペースで仕事をする部門が占めていただろう。だが、後者のような部門もグーグルならば度肝を抜くようなレベルでデジタル化され、超効率化しているに違いない。これまで知らなかったタイプの企業が、想像もつかないことをやろうとしているのだ。

 グーグルは、生化学や遺伝子学にも興味を持っている。生活を耕した後は、われわれの身体の中にもグーグルが入ってくるのだろうか。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:失言や違法捜査、米司法省でミス連鎖 トラ

ワールド

アングル:反攻強めるミャンマー国軍、徴兵制やドロー

ビジネス

NY外為市場=円急落、日銀が追加利上げ明確に示さず

ビジネス

米国株式市場=続伸、ハイテク株高が消費関連の下落を
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 5
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 6
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    【独占画像】撃墜リスクを引き受ける次世代ドローン…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story