コラム

スマホが人間をダメにする

2013年02月02日(土)14時50分

 インターネット時代、スマートフォン時代になって、我々はいつの間にか、以前にはなかったような無礼ではしたない振る舞いをするようになった。

 その1つがいわゆる「ショールーミング」、小売店をショールームのように利用することだ。店では商品を見るだけで、実際の購入は自宅のパソコンなどからショッピングサイトにアクセスして行う。

 もちろん、これは今に始まったことではないのだが、問題はそのやりかたが昨今どんどん露骨になってきたということだ。

 アマゾン・ドットコムがインターネットで本を売り始めた当初から、本の中身は店頭の立ち読みで確かめ、注文は家に帰ってアマゾンでする、という人はいた。だがその頃は、「本屋さんに悪いな」という気持ちが少しは働いていた。それでもアマゾンで買ったのは、安いアマゾン価格を前にして背に腹は代えられなかったからだ。

 ところが今は、この「クリック購入」を本屋の中でもスマホを使ってやるようになった。はたして、「できるから」といってやってもいいことか。傍若無人のふるまいと思われるのだが、どうだろう。

 こうした行為を決定的に後押ししたのが、アマゾンが出しているアプリ「プライスチェック」である。カメラ付きスマートフォンにダウンロードする。店に気に入った製品があれば、そのバーコードを写真に撮るだけですぐにアマゾンのサイトへ飛び、その商品のページが表示される。たいてい、アマゾンの方が安いので、その場ですぐにクリックして購入という流れになるわけだ。

 この手のアプリを出しているのはアマゾンだけではなく、他にも数々ある。小売店側から見れば実に迷惑で失礼な話だ。選りすぐりの品揃えが自慢のセレクトショップがあるとしよう。客はあれこれ試着したり店員に物を尋ねたりした挙げ句、スマートフォンを出してシャッターを押してクリック。そのまま何も買わずに帰ってしまう、ということも日常茶飯事になっている。

 このトレンドが最高潮に達したのは、昨年の年末商戦だったかもしれない。どの店でも、客の手にはスマートフォン。以前なら商品名を記憶だけして自宅でネット検索するなど、「隠れてやる」という意識があったが、今はそれもない。価格の力学の前にはわずかばかりの礼節も吹き飛んでしまった感じである。

 もう1つ、これもかなり失礼ではないかと思うのが、インターネットを利用したカメラのモニターだ。カメラが捉える画像を、遠い場所からインターネット経由でモニターするもので、よく子供がいる家庭で使われる。多くはベビーシッター監視用に使われる。ベビーシッターと赤ん坊がいる部屋にカメラを設置し、会社務めをしている母親などがオフィスから時々チェックするためのものだ。なかには照明器具や置物にカメラが隠されているものもある。

 心配で仕方がない母親の気持ちはわかる。ベビーシッターによる虐待事件などが起こる中では、監視したくもなるだろう。だがこれもベビーシッターの立場に立って考えると、とてもイヤな話である。もちろん彼女たちは、そんなモニターがあることなど知らされていない。監視されて当たり前と見なされることを、彼女たちはどう感じるだろう。隠れてモニターすることは、ひょっとすると人権にも関わる問題かもしれない。

 またレストランへのオンライン予約も一般に失礼と思われていた時期が、ほんの短期間だがあったように思う。それまでは電話で予約を入れて、自分の声と話し方で「私はこういう者ですが」とまずこちらの名刺を差し出すようなところがあった。そこから伝わる人柄のようなものを相手も了解して、予約を受け付けるという手順を踏んでいた。だが、オンラインではそうしたやりとりがない。

 今では、オンライン予約サイトなしの生活など考えられないくらい便利で身近な存在になっている。だが、その便利さを悪用して予約のドタキャンを繰り返す例がアメリカでは増えている。アメリカ人には以前から、何カ所ものレストランを同じ時間に予約しておいて、その時の気分で実際に行く場所を決めるという非常識な人がよくいるのだが、これがオンライン予約になってひどくなっている。相手と話さず、クリックひとつでできるので、どんなギリギリのドタキャンも心理的な抵抗がない。

 なかには、キャンセルの連絡さえせずにただ現れない、という人も多い。レストラン側も、防衛のために10分遅れただけでテーブルを他の客に譲ってしまうことも多い。とてもドライな関係だ。

 ドライで便利であることにも価値はある。ただ、おいしいものをこれから誰かと一緒に食べに行く楽しいイベントの序奏の部分が、まるで電気のスイッチのようにそっけない。便利さを差し置いて悠長なことなど言っていられないのかもしれないが、サンフランシスコでも頑固で優秀なレストランの中には、今でもオンライン予約システムを使っていないところがいくつかある。これはさすがだ。

 もちろん、その他にも失礼なことは数えきれないほどある。講演会の最中にラップトップやタブレットでメールを見る聴衆。誰かと食事をしている最中にスマートフォンを操作するなどもはや当たり前だ。フェイスブックで友達の友達がわかってしまうのも、以前ならば「相手の交友関係を詮索する」という失礼な行為にあたったはずなのだが、今は「ネットワーク」ということで許容されている。

 テクノロジーも進化するし、それによってわれわれの認識も変化する。ショールーミングによって、それに対抗した新しい小売店のビジネスモデルも出始めている。オンラインでは売ってないものを揃えるというのも、そのひとつだ。

 しかし、テクノロジーに身を任せていると「だって、できるんだもの」ということが、限りなく出てくる。それにしたがって、失礼な人とそうでない人の見分けもつきにくくなっている。そんな環境では「これはいいけれども、こちらは止めておこう」といった判断は、もう自分の価値観を確かめながら自分でやるしかない。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英賃金上昇率、22年5月以来の低水準 雇用市場に安

ワールド

インドネシア大統領、トランプ氏に「エリックに会える

ビジネス

イオン、3―8月期純利益は9.1%増 通期見通し据

ビジネス

アサヒGHD、決算発表を延期 サイバー攻撃によるシ
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃をめぐる大論争に発展
  • 4
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 9
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 10
    ウィリアムとキャサリン、結婚前の「最高すぎる関係…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story