コラム

災害時の人命救助でIT技術にできなかったこと

2011年04月16日(土)20時00分

「V&TCs」ということばが何を意味するか、ご存知だろうか。

 これはvolunteer and technical communitiesの略である。とくに被災地で活動するボランティアと技術コミュニティーの意味で『Disaster Relief 2.0(災害救済2.0)』という報告書の中で使われている。この報告書は、災害時に今後テクノロジーがどう使われるべきかを詳細にわたって考察する重要なものだ。V&TCsという用語も、これまでバラバラだった人々の努力をひとつのものとして提示するという点で、画期的だと思う。

 同報告書は、2010年1月に起こったハイチ大地震の救援活動の際に、多数のボランティアと技術の専門家、ことにインターネットやコンピュータ技術を得意とするテクノロジー関係者が多く関わったが、もしさまざまな情報がもっと効率的にまとめ上げられていたら、その効果はより大きかったはずだという反省から作成された。

 報告書を書いたのは、国際連合財団と通信会社ボーダフォンの財団、国連人道問題調整部(OCHA)、そしてハーバード大学の人道イニシアティブである。

 大災害が起こると、ボランティアの人々が「何かできないものか」と現地へ向かう。最近は、コンピュータに長けたプログラマーやデベロッパーの人々も、インターネットやSNSを利用して「何かできるはずだ」と動き始める。東日本大震災でも同じだった。

 ハイチ大地震では、彼らの活動がうまく噛み合っていなかったこと、どうにか情報を集めても、それが実際に前線で活動する救助隊に効果的に伝わらなかったこと、SNS的なサイトを立ち上げても情報が混み合うだけで、そこから重要なものを拾い出すのに多くの手間がかかってしまったことなど、反省が尽きないという。報告書では、そうした問題点を洗い出し、より効果的な技術の使い方と人々の活動や情報がうまく連携する方法を考察している。

 ハイチでは地震直後も携帯電話は通じたし、ラジオも聞けるという幸運な状態だった。それでも、情報の収集には涙ぐましい努力を要した。現地で孤立してしまった被災者がフェイスブックやツイッターで助けを求めても、バラバラに散らばったサイトからそれを拾い出す必要がある。

 アメリカのテクノロジー関係者が、アメリカ在住のハイチ出身者たちに連絡を取って、そうしたSOSを抽出し、どこで何人の被災者が助けを待っているかを地図上に視覚的にマッシュアップ(情報源が異なるデータをひとつのものに統合すること)した。クレオール語やフランス語で送られたメッセージを訳す必要もあった。

 インターネットやテクノロジーの時代とは言え、今はまだ、こうした手作業をシラミつぶしにやっていかねばならない。東日本大震災の際にも、コツコツと一人で情報をアグリゲートしていた人が何人もいたと伝えられる。

 理想的には、携帯電話の位置情報と共に、助けを求めるメッセージが「自動的に」ひとつの地図上にアップロードされ、それが救助の最前線にリアルタイム伝わるといったことがあればいい。既にそのための技術の要素はそろっているが、まだ統合ができていない状態だ。

 東日本大震災の時も、情報を「拡散してください」というツイッターがたくさん見られたのだが、拡散してつぶやきがやたらに増えるよりは、重要な情報だけが選抜され、救助隊に自動的に流れ込む仕掛けがあった方がいいはずだ。

 だがそれ以前の問題もある。この報告書では、国連などの組織内での情報テクノロジー理解度が、外部世界ほど進んでいないことや、組織のシステムが閉じられていて、そこに外部の情報がつながらないことが障害となっていると述べている。これは日本の行政組織を考えても同じだろう。

 日本でも、東日本大震災の教訓を将来に活かすために、このように詳細にわたる考察をするのはとても重要なことだと思う。

 ところで東日本大震災に際しては、シリコンバレーでもいろいろな動きがあった。カーネギーメロン大学シリコンバレー校には、災害管理イニシアティブというセンターがあるが、ここでは3月11日の地震直後にある教室に集まり、そこから災害ウィキという共同災害情報アグリゲートサイトへの協力を始めた。今は、技術研究で強いカーネギーメロン大学のリソースで救済に役立つものが何かを探索しているという。ベンチャーキャピタリストたちも、SNSを駆使して2000万人以上にリーチし、寄付金サイトで30万ドル以上の救済募金を集めている。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

利上げの可能性、物価上昇継続なら「非常に高い」=日

ワールド

アングル:ホームレス化の危機にAIが救いの手、米自

ワールド

アングル:印総選挙、LGBTQ活動家は失望 同性婚

ワールド

北朝鮮、黄海でミサイル発射実験=KCNA
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32、経済状況が悪くないのに深刻さを増す背景

  • 4

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 7

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 8

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story