コラム

バハレーン紀行(2):シーア派住民が立ち上がるわけ

2012年04月14日(土)16時25分

 先週、バハレーンではまだ未完の「アラブの春」が続いていた、と報告した。

 そしてバハレーンのシーア派住民は、バハレーン政府や周辺の保守的湾岸諸国が危惧し喧伝するような、「イランの手先」というイメージとは、かなりかけ離れている、と述べた。私の見てきた反政府デモは、女性や若者、子供まで参加する、ローカルな集いだった。

 なぜ彼らは立ち上がったのだろう? まだ20歳になるかならないかの普通の若者、女の子たちが「ハマド国王、退位せよ!」と叫ぶ理由は何なのか?
 
 デモ隊の主なスローガンのひとつに、「ミクダード師を釈放しろ!」というのがある。前回掲載した写真で、女性たちが掲げていたポスターの人物である。

 彼はこの村のモスクの宗教指導者だ。日常茶飯事にかかわる訓諭から、人としてどうあるべきかの道徳、はては政治社会の不正に対する糾弾まで、イスラーム教の宗教指導者はさまざまな説教を住民に行う。コミュニティーの中核にあって、老若男女の尊敬を集める存在だ。

 そのミクダード師は、2010年8月に逮捕された。下院選挙を2か月後に控え、シーア派野党「ハック」の支持者でもある師の、シーア派社会への強い影響力を恐れてのことだった。それまでも何度も逮捕、投獄されている。

 師だけではない。2010年下院選挙前に、多くの反政府活動家が逮捕されたのだった。バハレーンでは現ハマド国王が王位に就いて2年後の2001年に国民行動憲章が採択され、それまで任命制の上院だけだった議会を二院制として下院を民選とした。しかし、下院の権限は限定的で、一層の民主化を求める勢力の間では立憲王政への移行を求める気運が高まっていたのである。それが、「アラブの春」で爆発したのだ。

 特に、本来バハレーンの原住民であるのに、230年前にアラビア半島から移住してきたスンナ派のハリーファ王族の支配下に置かれ、不遇を託ってきたシーア派住民の鬱屈には、並々ならぬものがある。前回掲載した写真を見ればわかるが、デモ隊は手に手にバハレーンの国旗を掲げている。自分たちこそ本当のバハレーン人なんだ!という気概がそこにある。バハレーンの王族は、宗派的に少数派だからではなく、外国から来た「占領者」として批判の対象となっているのだ。

 さて、デモ隊が掲げるポスターのなかには、官憲の弾圧の犠牲となった若者たちの写真が多く掲げられていた。ティーンエイジャーの女の子たちと話していて、彼女たちが一番憤るのが、同世代の若者に対する非道な仕打ちだ。「この娘は17歳なのに、病院にいるところを警察に連れて行かれて逮捕されたの。17歳の女の子が何をしたっていうのよ??」
 
 「アラブの春」以降バハレーンでのデモが収拾せず、むしろますます激しくなっている原因のひとつが、デモ中の少年の死だ。2010年8月、14歳の男の子がデモ鎮圧の際に使用された催涙弾の犠牲となって死亡した。それが、「他人ごとではない」との意識を若者の間に生んだ。どうしてデモに参加しただけなのに、ぶたれ、叩かれ、はては殺されなきゃならないの?

DSC_0079_opt.jpg


 「1年前はただ、仕事にいって友達とお茶飲んで、家族とテレビみて1日楽しく暮らしていた。「アラブの春」でデモに行って謂れのない暴力を受けて初めて、この社会はおかしいと思った。」

 そうして社会的不公正に目覚めた若者は、怖気づくことなく官憲に立ち向かっていく──。

 だが、またもスペースが尽きた。次回も、バハレーンの話を続けます。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結

ワールド

英、中東に戦闘機を移動 地域の安全保障支援へ=スタ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されずに「信頼できない人」を見抜く方法
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story