コラム

北朝鮮のような3代世襲がアラブで難しかった理由

2011年12月22日(木)16時26分

 大統領制、一党独裁制を問わず、息子に跡を継がせたいと思うのは、何も最近指導者が急逝した隣国だけに限ったことではない。

 「共和制なのに王政みたいに世襲する」パターンを揶揄的に「ジュムルーキーヤ」と呼ぶ、と紹介したのは、現代シリア研究の第一人者、青山弘之氏である。アラビア語で共和制を表わすジュムフーリーヤと、王制を表わすマラキーヤを合わせた造語だが、11年前に30年間の治世の後逝去した父ハーフェズのあとを継いで大統領に就任した、シリアのバッシャール・アサド政権の誕生が、アラブ世界では最初だ。

 金日成の死後、金正日へと正式に引き継がれたのがその四年前だから、北朝鮮のほうがアラブに少し先だって「ジュムルーキーヤ」が成立している。しかも、北朝鮮では三代目にまで引き継がれたというのに、アラブでは今年、二代目がバタバタと倒れた。エジプトではムバーラク大統領が息子ガマールを、リビアではカッザーフィ大佐がセイフルイスラームを、イエメンではサーリフ大統領がアフマドを、後継者に目論んでいたのが、いずれも父親と没落の運命を共にした。唯一、二代目の地位を維持して長いシリアのバッシャールも、国内各地での反乱と鎮圧、国際社会からの非難と、窮地に立たされている。

 身内への継承が躓くのは、多くの場合、体制内の権力関係に原因がある。ムバーラクがその典型で、52年の共和制革命以来の軍とアラブ民族主義政党の二人三脚体制に、軍と縁がなく新興財閥の支持を背景とする息子を押し込もうとしたところが、軍がムバーラク親子を見限った。それが、今年二月のエジプトでの「アラブの春」の真因である。

 そもそも二代目に跡を継がそうと思っても、お坊ちゃまはなかなか軍に縁がない。過酷な軍事訓練なんてと、兵役だの訓練だのをスキップするが、軍での肩書だけは欲しい。夏休みの学生向け軍事キャンプだけ参加しただけで、いきなり二段階も三段階も特昇したりするので、それがまた、地道に階段を上って将校にまでなった軍幹部には、面白くない。

 特に、親自身が軍に基盤を持たない場合は、自分の地位保全も考えて、息子には軍とは別の支持基盤を持たそうとするケースが少なくない。イラク戦争で殺害、処刑されたイラクのサッダーム・フセイン一家の場合、生前フセインは軍のクーデターを恐れて、長男ウダイに民兵と青年層を支持基盤として与えた。オリンピック委員会の委員長と新聞の主幹の地位を得て、スポーツとメディアを牛耳ったのである。ムバーラクの息子ガマールが財閥をバックにしたのも、軍への対抗できる後ろ盾を、との意味があった。

 しかし強大な軍に匹敵する独自の支持基盤を築こうとすれば、相当な時間がかかる。ガマールもウダイも、10年以上かけて模索しながら、実現できなかった。バッシャールは、就任直後は軍や古参党員と距離をおいて民主化を進めるのでは、と期待されていたが、形だけの自由化は一年続いて終わった。現在の反乱鎮圧状況を見れば、先代同様に軍、党と大統領が強固なタッグを維持していることがわかる。

 十年近くかけても、息子に新しい地盤を準備、与えられる親はなかなかいない。さて、隣国の新指導者は、エジプト型になるのか、はたまたシリア型になるのだろうか。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米総合PMI、12月は半年ぶりの低水準 新規受注が

ワールド

バンス副大統領、激戦州で政策アピール 中間選挙控え

ワールド

欧州評議会、ウクライナ損害賠償へ新組織 創設案に3

ビジネス

米雇用、11月予想上回る+6.4万人 失業率は4年
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 8
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「日本中が人手不足」のウソ...産業界が人口減少を乗…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story