コラム

リビアとシリア:やっぱり「民主化は欧米の手先」?

2011年03月30日(水)23時00分

 チュニジア、エジプトで「民衆革命」が高揚したとき、中東研究者の多くは、「これはシリアには波及しないだろう」、と見ていた。まがりなりにも民主化と政治参加の経験があるエジプトやチュニジアと比べて、シリアの体制は全く性格が異なるからである。シリアの人々は「ここで立ち上がったら百返しの報復を受けるのがオチだ」と考えるに違いない――。
 
 この読みは、3月半ばまでは正しかった。2月始め、シリアでも「怒りの日のデモに参加しよう!」という呼びかけがネット上で行われたが、誰も集まらなかった。弾圧への警戒が、シリア人の意識下に強烈に根付いていた。

 ところが、そのシリアで反政府デモが激化している。特に南部のダルアーでは、3月18日から数日にわたりデモ隊と官憲の衝突が続き、死者が100人近くにも上っているようだ。

 何故「無風」と思われたシリアで、突然反政府運動に火がついたのだろうか。シリアとエジプトの間をつなぐものとして、リビアでの出来事がある。リビアは2月後半に反カッダーフィ勢力が反旗を翻し、欧米の全面的な支援を受けて、現在全面交戦中だ。

 リビアでの展開の特徴は、次の点でそれまでの例と全く異なっている。まず、反政府勢力が未熟で自力での政権転覆ができない状況にも関わらず、現政権打倒に立ち上がったこと。第二に、だからこそ、早々に国際社会に支援を依存し、欧米の軍事介入を招いたこと。3月17日、国連はリビアに対する飛行禁止空域設定を決定し、19日には英仏米などが空爆を開始した。反政府勢力は欧米の軍事支援をバックに、巻き返しを図っている。

 このことが、似たような体制をとる他のアラブ諸国の反政府運動に与える影響は少なくない。反政府側にとっては、自力では政権転覆できなくても国際社会の後押しがあるぞ、という要素が加わった。政権側には、内政的に反政府活動を抑えればいいという段階を超えて、欧米が軍事的に介入してくる、という危機意識が加わる。畢竟、衝突は一層鮮烈に、そして徹底的なものとなる。

 しかし、欧米は決して、民主化勢力を後押しするために全力を尽くすつもりはない。リビアへの対応を巡る欧米の不協和音は、その証左だ。NATO軍の司令官が先日、「リビアの反政府勢力のなかにアルカーイダがいる」と言ったが、そのことは一ヶ月以上前、リビアで反カッダーフィ運動が盛り上がったときから、よく知られていたことだ。軍事介入から手を引きたい口実を、いまさら探しているとも読める。

 ジャスミン革命が生み出した「民衆」の手による自力の政権交替、という新たな流れは、「民主化=欧米の干渉」ではないぞ、ということを証明した。だが、リビアとシリアで起きていることは、やはり政治改革は外国の介入を招くのだという、昔ながらにアラブ諸国が抱える「恐れ」を、甦らせつつあるようだ。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

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