コラム

ベルルスコーニは懐かしまれるか

2011年12月04日(日)20時45分

 11月28日、私はイタリアのローマにいました。ユーロ危機の取材の一環です。この日、イタリアでは、「国民みんながイタリア国債を買おう」というキャンペーン初日。11月と12月に1回ずつ設定され、この日に銀行で国債を買うと、銀行が手数料をタダにしてくれるというものです。

 国民に呼びかけるには、誰がいいか。サッカーファンが多いイタリアでは、サッカー選手起用が一番。かくして、前イタリア代表選手で選手協会のダミアーノ・トンマージ氏が呼びかけました。

 ユーロ危機はギリシャからイタリアにまで飛び火。発行済みイタリア国債の売買価格は急落しました。値下がりした段階で国債を購入しても、満期に戻ってくるお金は同じ。つまり値下がりした分だけ利息分が増えます。これが、「国債の流通価格が低下したから、金利上昇」とニュースで表現される事態です。

 イタリア国債を買う人がいないと、売買価格は値下がりします。つまり、金利が上昇。金利が高くなると、新規に発行する国債の金利も高くしないと、誰も買ってくれません。でも、高い金利で借金したら、まるで高利貸しから借りたようなもの。いずれ返済に行き詰ります。また、金利が高くなると、住宅ローンも何もかも金利が上がってしまい、庶民の生活を圧迫します。

 それに対抗するには、イタリア国債を大量に買って、流通価格を下げること。そうすれば、その分だけ金利が下がるはずです。イタリア人みんながタンス預金を取り出してイタリア国債を買えば、需要と供給の関係で、イタリア国債は値上がりし、その分、金利が下がる。これが、「イタリア国債を買おう」キャンペーンの狙いでした。

 しかし、結果ははかばかしくなく、その後も国債の金利は上昇傾向です。

 ローマでイタリア人の通行人にアトランダムに尋ねると、みんな口を揃えて「国債を買うことはいいことだ」と言うのですが、その後で必ず「でも、自分には買う金がないから...」と付け加えます。どうもまだ当事者意識が薄いようで。中には、「どうせ買うならスイス・フランの方が安全だよ」と言い出す人も。

 ユーロ危機が深刻化した後、イタリアでも失業率が急上昇。遂にベルルスコーニ首相は退陣に追い込まれました。

 ベルルスコーニ首相といえば、日本では女性スキャンダル続出の醜聞首相のイメージが高い人物です。その一方で、意外にイタリア女性には人気。「だって可愛いじゃない」と言うイタリア女性も結構存在するのです。

 規制だらけでガチガチの官僚国家だったイタリアを改革した人物として評価する国民が多いのも事実です。これが、ベルルスコーニが17年間に3度も首相を務められた秘密です。

 そのベルルスコーニについて、本誌日本版11月23日号が、分析する記事『ベルルスコーニお騒がせ劇場に幕』を掲載しています。

 ベルルスコーニがこれほど政権を維持できたのは、巨万の富やメディアへの影響力ではなく、国民を誘惑する「甘い生活」のイメージなのだそうです。ここで「甘い生活」という言葉を使うのは、もちろんローマを舞台にした映画の題名を踏まえています。

 その「甘い生活」のイメージとは、「富豪にのし上がり、セクシーな女性に囲まれる人生は手を伸ばせば誰もが届く夢だ」というものだとか。

 誰もが酔いしれる夢を国民に与えることで、長期政権を維持できた。しかし、その能力も、ユーロ危機の前では、遂に行き詰まりました。

「ベルルスコーニが首相だった頃は良かった----イタリア国民は近い将来、そう懐かしむだろう。口では言わなくても、彼らにとってシルビオ・ベルルスコーニは自分たちの仲間。ベルルスコーニの辞任はイタリア人の心に深い傷を残すに違いない」

 私が話を聞いたイタリア人は、「ドイツやフランスがギリシャ危機の深刻さを認識できなかったから、危機がイタリアまで飛び火してしまった」と不満を語りました。でも、こう言われたら、ドイツもフランスも面白くはないでしょう。「危機の火の粉は自分で始末しろ」と言いたくもなろうというものです。イタリア人は、まだ甘い夢を見せてくれる政治家を求めているのでしょうか。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

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