コラム

「黒船」アマゾン来襲を前にして日本の電子書籍は壊滅状態

2011年10月20日(木)19時05分

 日本経済新聞によれば、アマゾンが年内にも日本で電子書籍を販売するという。こういう記事はこれまでにも何度も出ており、今度も「狼が来た!」に終わる可能性もあるが、PHP研究所が10月中にも契約するというから、今回は根も葉もない話ではないようだ。

 アマゾンは、日本ではすでに電子書籍端末「キンドル」を投入しているが、電子書籍は売っていない。出版業界を取り仕切る取次との合意ができないからだ。日本の出版流通は委託販売という特殊な方式になっており、本はすべて取次が選んで小売店に配本し、返品自由になっている。このため取次は出版流通の要であり、出版社から本を仕入れて代金を前払いすることによって零細な出版社の金融機能も果たしている。これが電子化されると、取次は「中抜き」されてしまうからだ。

 アマゾンのキンドルは、アメリカでは販売部数で紙の書籍を超えた。部数は公表されていないが、紙の書籍100に対して電子書籍の部数は105以上だという。私もアマゾン・ドットコムのサイトで買うときは、キンドル版があれば必ずそれを買う。紙の本は届くまでに何週間もかかるが、キンドルは一瞬で届くからだ。端末も専用端末だけではなく、普通のパソコンでもiPadでも読める。

 この「黒船」に対抗して、日本の出版社や電機メーカーも昨年から電子書籍や端末を出し始めた。もっとも熱心だったのは「ガラパゴス」という冗談のような名前をつけたシャープで、500人の営業部隊を編成し、イーモバイルやツタヤなどと提携して「2011年中に売り上げ100万台をめざす」と野心的な目標を掲げた。

 しかし今までの実績は、業界の推定によると1万5000台程度。9月には営業部隊も解散し、ツタヤとの提携も解消した。他にも大日本印刷や凸版印刷などが電子出版事業に進出し、出版点数は各社を単純合計すると14万点にも達する。しかし売り上げは、関係者によると「1点あたりの平均売り上げは月に数冊」という悲惨な状態だ。

 この最大の原因は、各社がばらばらのフォーマットで出し、専用端末もメーカーごとに違うため、規格が違うと読めないなど、消費者を無視した商法にある。特にほとんどの端末がXMDFという日本独自規格に準拠しているため、キンドル端末でもiPadでも読めない。役所がこのフォーマットを標準化しようとしたが、「懇談会」が乱立して標準の標準化が必要になっている。

 そもそも電子書籍の国際標準としては、PDFやEPUBというフォーマットがあるのに、わざわざXMDFという「ガラパゴス規格」を採用したのは理解に苦しむ。縦書きやふりがなができないというのが当初の理由だったが、今年決まったEPUB3はどちらにも対応し、キンドルでもiPadでも読めるので、XMDFは宙に浮いてしまった。

 各社はあわててEPUBに対応しようとしているが、残念ながら無駄だろう。アメリカでさえ、電子書籍市場のシェアはアマゾンが70%を超え、アップルもソニーも数%のシェアしかない。あのスティーブ・ジョブズでさえ、この市場ではアマゾンに勝てなかった。消費者は「この端末で本を買おう」と考えるのではなく、書店サイトでハードカバーやペーパーバックの価格と比べてキンドルを買うからだ。

 おそらく音楽配信事業をアップルが独占したように、電子出版市場はアマゾンが独占するだろう。その代わりアマゾンは、自費出版やオンデマンド印刷など、出版ビジネスの多様化を推進している。著者や出版社にとっては、流通チャネルはどうでもよく、共通フォーマットでたくさん売れればよい。今後は「プラットフォームは全世界で数社、コンテンツは細分化」というコンピュータ産業の水平分業構造が出版でもできるだろう。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結

ワールド

英、中東に戦闘機を移動 地域の安全保障支援へ=スタ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されずに「信頼できない人」を見抜く方法
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story