コラム

1年後の北京。人気は和食にラーメン、そして「半沢直樹」

2013年10月03日(木)08時12分

 昨年9月に中国で起こった、激しい反日デモから1年余りが経った。わたしも中国大陸の先っちょにある香港での暮らしを入れればすでに大陸生活も20年を軽く超えたわけだが、確かにあそこまで大規模な「うねり」を感じたことはこれまでなかった。だが、そこから1年、北京のような都会ではすっかりあの「うねり」などどこ吹く風といったように街は姿を変えている。

 ちょっと最近、数軒の日本料理店に行くチャンスが続いたのだが、そこで見た光景はあの激しいデモと、その後デモには参加していなかった人たちにも「感染」した重苦しい空気とはまったく相容れないものだった。

 店内の8割以上が中国人のグループで、みな手慣れた様子で和食をつついている。さらに日本人オーナーが醸しだすお店の雰囲気をみなが十分に楽しんでいる。以前のように周りが眉をしかめそうな、中国レストランでありがちなふるまいではなく、みながその店のルールと雰囲気に従って味わっている。これは大きな変化だった。ある意味、その店が持つ「日本的な」ものを食べ物の味だけではなく楽しんでいた。さらに我が家の近所にも今年2軒立て続けにラーメン屋ができたのだが、いつ行っても日本人はわたし1人、というか、とにかく中国人でいっぱいなのだ。

 店舗自体も確実に増えている。1年前に日本大使館前に並んだ和食店が、日本人経営だろうが中国人経営だろうが台湾人経営だろうが、慌てて店名を隠していたのもどこへやら(そのうち台湾人経営の店は潰れましたけど)。北京の街にはあちこちで和食店が増殖している。日本人が増えているわけではないことは自明だから、それらの店は明らかに中国人客で支えられているのだ。

 さらに驚いたのが、最近の「半沢直樹」ブームだ。特に日頃日本関連のお付き合いをしているわけでもない若い友人から「『半沢直樹』見た?」と何度か聞かれた。テレビで放送されているのではなく、ネットビデオサイトで字幕付きで流れており、日本で放送が始まったばかりの頃からほぼ1週間遅れで観られていたようだ。つい先週、日本で話題になった最終回もすでにアップされ、さっそく観終えたという人もいる。そのうちの一人は1日から始まった国慶節(建国記念日)の7連休にはアニメ「進撃の巨人」を観るのだと楽しげに言った。

 そんな彼らのほとんどが80年代生まれの世代だ。子供の頃は経済成長期で日本から輸入されたアニメ「一休さん」や「ドラゴンボール」「セーラームーン」を見て育った。彼らにとって日本アニメの存在は自然だし、大学を出て大都会で一人暮らしを始めた今、インターネットにあふれるそうした日本の娯楽情報は彼らにとって普通の選択肢の一つになっている。

 先月、2020年の東京オリンピック開催が決まった時も、微博やツイッターの上ではあっけらかーんと、「東京、やったねー!」「おめでとう!」の声が飛び交った。取ってつけたように2008年の北京オリンピックと2020年東京オリンピックを比べたつぶやきも流れたが、実のところ中国でも今では2008年北京オリンピックを覚えている人はもうあまりいない。当時政府が厳しい入場管理制限を敷いたためにせっかくの「地元」でもその興奮が共有されず、その結果人々の記憶からもうすでに遠ざかってしまっているのだ。

 だが彼らは2020年の東京オリンピック開催時には自分が見に行くことができるだろうか、と素直にわくわくしている。08年に比べ、日本旅行は彼らにとってまだ簡単に手に取れるとはいえないまでも、身辺で日本に旅行や出張に行ったことのある人がチラホラと出現し始めた。自分たちの口に合う和食も体験し、インターネットでは日本の情報が流れている。今はまだお金もないしビザ取得条件にも見合わないけれど、7年後には自分も日本にオリンピックを見に行ける身分になっているだろうか。

 彼らに2020年オリンピックの話題を向けてみると、日本との距離の近さが彼らにとってヨーロッパやアメリカで行われるのとは別の期待感になってあふれだす。7年後の自分は一体どんな暮らしをしているのだろう?

 日本には「2020年オリンピックを中国(あるいは韓国)がボイコットするかもしれない」などと早速言っている御仁がおられるが、彼らに時間の流れというものを知っているのだろうか、と問うてみたい。長々と論を述べておられる方のプロフィールを拝見するに、7年後にはかなりのお歳になられるとお見受けしたが、この方はご自分が歩んできた時間の流れの中で変化というものを理解してきたことすらさっぱりと健忘しているらしい。

 もし、日本が2020年オリンピックに未来を託すとしたら、今はまだ若いけれども7年後には社会を支える重要な力になっている世代の存在を忘れてはいけないと思う。いや忘れるどころか彼らにとってオリンピックがどんな場になるのかを今から考えるべきだろう。今会社のトップや社会の重鎮担っている人たちは7年後にはすでに前線から外れているだろう。それからの社会はその後の未来を作っていく人たちに任せるべきなのだ。

 そしてもし、2020年オリンピックをきっかけに近隣諸国との関係が少しでも変化してくれれば、と願うのであれば、今の古臭い頭で7年後を決めつける必要はないはずだ。あなたは知らないかもしれないが、今この時この瞬間に日本の文化を楽しみ、そこに日本の価値観を認めている若者がいるのである。すでに老眼でそれすらも霞んで見えない人に7年後の心配なぞしていただかなくてもいいだろう。

 中国においても同じだ。日本の文化を自然に受け入れ楽しんでいる80年代生まれは7年後には中国を支える大黒柱になっている。その時に彼らと一緒に東京オリンピックを楽しめたらどんなにいいだろう。そのためになにをすべきか。なにをこれから考えていくべきか。今は「予言」めいたことを言う時期ではなく、そこから始めるべきだ。

 最後にヒントとして、東京オリンピック招聘キャンペーンのマスコットだったドラえもんに、中国や香港、台湾の世代を超えた人たちがとても親近感を寄せていたことをここでお伝えしておこう。日本が本当にアピールできるもの、それをもっと今の日本の足元から振り返ってみるといいはずだ。

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

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