コラム

物価と税金:庶民の気持ち

2013年06月30日(日)09時00分

 先日、あるジャーナリストに誘われて会食に出席した。そこには著名な時事雑誌の編集長と、ジャーナリストからスポーツグッズ企業の広報に転職し、現在はその企業の副社長という40代、さらに彼らの大先輩に当たる60代の某政府系メディアの論説員が同席した。誘ってくれたジャーナリスト氏もどちらかというと政府系メディアの人なので、無理のない顔ぶれだが、あまり政府系メディア、それもご重鎮のレベルとはご一緒することのないわたしは、ちょっと緊張した。

 とはいえ、集まった人たちは昔からの知り合いらしく、あの話この話と、そこにいる異邦人のことを気にするでもなく、持ち込んだ白酒(シロザケ、ではなく、中国北方人が好んで飲むアルコール度40度以上のお酒のこと)を分けあい、賑やかに飲み、食い、語り合っていた。そのほとんどが「誰がどうした、彼がどうした」的な業界話だったのだが、興味深かったのは話題が進むうちにスポーツグッズ企業副社長が「中国の税金は高すぎる!」と言い出したことだった。

「ぼくらはとにかく税金対策に追われてる」。おいおい昔仲間とはいえ、名だたるメディアの関係者がいるこんなところでそんな企業の内幕をバラしていいのか......と思っていたら、某時事雑誌の編集長氏も「うん、今の我が国の税金は異常な高さだ」と続けた。

 副社長氏は同席していた奥さん(こちらも元政府メディアジャーナリスト)と自分が持っているバッグを指さして、「これ、海外で買えば中国よりずっと安い。俺らは国内で何倍もの税金を払わされている。そしてそれを引き下げる動きもない。企業だって実は税金のせいで利潤は減る一方、競争は激しくなるが税金には競争はないからね、減るなんてことはない」とダミ声でまくしたてた。

 すると一生を政府系メディアにささげてきたはずの老論説員も言った。「我が国の税金は世界に類をみないくらいの高さだよな。庶民の暮らしが良くならないのも税金のせいだ」。この言葉には驚いた。彼はずっと共産党の某機関紙に勤め続けたエリートで、今後の生活も十分にその機関紙によって保証されているはずの立場にあるわけで、そんなことを思っていても彼らの紙面には絶対に現れない。

「ぼくらのような企業は、17%の増値税だって材料の生産段階で何回にもわたって重複して支払っている。完成品の課税率はかるく20%を超えている。こんな国が他にあるかよ?」と副社長氏。

 そしてそのまま、党メディアの重鎮、時事雑誌編集長、そして企業トップが「中国の物価は高い!税金のせいだ!」と気炎を上げた。それを眺めながら、さすがに経済に疎いわたしも、これは社会に税金に対する批判ムードが確実に広がっているのだ、と気がついた。

 そしてそのわずか数日後、「フィナンシャル・タイムズ 中国語版」でこんな微博(中国国産マイクロブログ)の書き込みが紹介されていた。

「中国では賃金5000元、ケンタッキー・フライドチキン1食が30元、レストランなら最低100元、リーバイスのジーンズ1本400元、車なら最低3万元でシャレードがやっと。アメリカなら賃金5000米ドル、ケンタッキー1食は4米ドル、レストランなら40米ドル、リーバイス1本20米ドル、車は最高3万ドルでBMWが手に入る」(現時点でのレートは1米ドル=6.15人民元)

 記事ではさらに、アメリカのペンシルベニア大学から、9.9米ドルで買ったクロックスのサンダル、39.9米ドルのリーバイスジーンズ、30米ドルのトミー・ヒルフィガーのTシャツを身につけて帰って来た留学生が、中国でそれらを買うとそれぞれ499元、799元、799元もすると驚いたという話が続いていた。

 先日の拙稿「社員旅行で見た日本」をお読みいただいた方は「日本はなんでも安い」という中国人の若者の声を覚えておられるだろうか。いただいた感想にはこの事実に驚いておられる方も多かった。わたしはその話を聞いていた時、まだ20代でお金を使うのが楽しくて仕方がない彼らが一方ではっきりと、「中国では増値税(という名の消費税)が17%かかる」という点を意識していることに驚いた。

日本の消費税と違って中国の増値税はすでに商品価格に盛り込まれているので、普通に買い物をしただけで意識することはないからだ。そしてそこに盛り込まれているので、「還付」や「控除」の対象にはなり得ない。つまり前述の副社長氏が言うように原材料にかかる増値税は加工の末端になればなるほど加味され、それが丸ごと「売り上げ」として計上される。

 つまり、増値税は政府丸儲けの図式になっている。社会主義国だが企業も個人も所得税を払っているから政府丸儲けの上に、二重三重に課税されている計算だ。もちろん、それらが引き下げられることはない(どういう計算でそれらの税率が割り出されたかも全く分からない)。結局、経済活動が活発になればなるほど、国にお金が入る仕組みだ。

 だが、庶民は経済活動が活発になればなるほど倍増、倍倍増で税金を支払わされる。中国の物価高は不動産や特殊な供給手段を取るものを除き、こうして醸造されている。上述したように、定める方に「還付」や「控除」の意識が薄いからだ。

 わたしもここ1〜2年、北京の物価高は異様だと感じている。お金を持っている人がお金を回し、お金のない人は文字通り無い袖は振れない。だが、持てている人たちはますます国内にお金を落とさなくなり、外へ外へと流出していく。それは「海外の方が安いから」という理由だけではなく、自分の財産権を含む「権利を守るため」だ。

 実際にある統計によると、30歳の大学副教授が今の給料体系で100平米の家を買おうと思うと、60歳まで一生懸命ローンを払い続ける計算になるという。同様のレベルで考えると、マイアミなら4年、ニューヨークなら5.7年、ロサンゼルスなら5.9年でローン完済なのだそうだ。

「だから今の留学生たちが卒業後も中国に帰ってきたがらないのは、国を愛していないわけではなく、帰ってきても家も車も買えない生活をしなければならなくなるからだ」という声すらある。

「フィナンシャル・タイムズ中国語版」記事のタイトルは、「中国よ、我々を追い出さないでくれたまえ」。

 いや、中国人だけではない。このままではこれからは外国人も中国でますます暮らしにくくなっていくだろう。実際にわたしの周囲の外国人で自力で生活している人たちの中からは、そろそろ中国を離れることを考えている、という声が出始めている。

 街では金融崩壊の噂も流れ始めている時、それでも物価が下がることのないこの国の経済はやはり何かがおかしいというしかない。

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

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