コラム

「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生時代、物理の道選んだのは「変な先生」の影響──野村泰紀の人生史

2025年12月29日(月)11時15分

 最近は「AIは研究者に取って代わることができるか」ということも盛んに議論されています。私は、特に宇宙論や素粒子論といった「根源的なものを解明しよう」としている、いわば自身の手で「創世記」を書いているような理論物理学者に対してはAIが取って代わることはできないと思うのですが。先生の見解はいかがですか。

野村 今のところ取って代わられる気はまったくしないですね。AIは便利ですよ。聞いたらそこそこのことまでは答えてくれますし、散らばっている情報を集めるのは得意なので。

でも、新しいアイデアとか、今、研究で何をやればいいのかを聞いても、ほとんど使い物にはならないです。ただ、将来的には分かりませんし、学問の性質にもよると思います。

課題解決型、たとえば「病気を治す」であれば、多くの人の身体データと色々な薬のデータをAIに全て入れてみたら、人間なら考えもつかなかった「肝臓の薬で肺の調子も良くなった」みたいな発見があるかもしれません。

診療や診断なら「なぜそうなのか」が分子レベルで分からなくても、統計的に明らかに改善するのであればやればいいわけです。そういう分野はAIのほうが得意でしょうね。だから、課題解決型のものは取って代わられやすいと思います。

宇宙の研究でも、撮った写真を解析して星や銀河の分布を見るというようなことはAIのほうが得意だと思います。ただ、「それをもとにどういう理論を作るか」というのは「『なぜ』を知りたい」という「人間のための学問」です。

たとえば病気の治療なら、AIにとっては「この薬で治った」で目標達成かもしれませんが、その因果を知りたいというのは思い切り人間のエゴが入った学問です。理論物理も「人間が自然を理解するためにどうしたいか」という学問なので、AIとは知能のキャラクターが違うんですよね。そういう意味でも、理論物理家はAIにすぐには取って代わられる気がしないんだと思います。

若手研究者へのアドバイス

 そんな状況も踏まえて、野村先生から理論物理を目指す若手研究者にメッセージはありますか。

野村 これはよく言われていることですが、「年寄りの言うことを聞きすぎるな」ですね。

 先生もそう助言されて、先輩研究者の言うことを聞かなかったのですか。

野村 同じことは言われました。もちろん、(先輩に対しては)それなりには言うことを聞きましたよ。でも、若い人は上の言うことを聞きすぎてしまうし、どうしても先人の研究を追ってしまいます。後を追いすぎたら新しいことはできないですから。

それと昔からよくあることですけれど、「何か発見したと思った時に、論文を書く前にセミナーをした。その席で大御所の先生に――僕の知っている例は湯川先生なのですが――『君、そんなことをやって何になるの』と言われて、論文を書かなかった」というケースです。この件は、そのあとに別のアメリカのプリンストン高等研究所の人たちが論文にして、大きな業績になりました。

ただ、若い人がしょうもないことやっていて、ちゃんと批判的な意見をもらって良くなったということも多いので、先輩研究者の言うことを絶対に聞くなというのも、もちろん間違いでしょう。

自分のことを信じるのと過信しないのとバランスをとるのは難しいのですが、この分野では言うことを聞きすぎないというのは大事なようです。

「こういうことやりたいんだ」と言ったら「それはみんながやってできないんだから、やっても意味ないよ」と言われた。でも、変なやつだったからやっちゃった、というノーベル賞はすごく多いんですよ。それは、他人の言うことを聞いてたらできなかったわけです。

人生の「総合性」を考えるように

 今後、先生ご自身は研究にどのように取り組んでいくのでしょうか。

野村 そうですね。やはり、日々やれることをやっていきたいです。僕の分野というか、今の興味があることは量子重力なのですが、一気に量子重力理論は作れないので。

やっている人も多いし、僕だけが気づいてる重要な点というわけでなく分野の大問題に取り組んでいるので、「これをやりたいけれどまだできてないところ」を課題としてコツコツやるしかないですね。

それから、バランス、つまり人生の総合性みたいなことも考えるようになりました。たとえば2時間計算すれば研究は2時間分進むけれど、代わりに色々なところに行って物理を広めるとか、人と話すとかも大事なのかなと。

つまり「後悔しないように生きる」ということなのかもしれません。ちょっと研究からは外れてしまいましたが。

 「宇宙の根源を知りたいという研究欲求」と「人のための学問」という考え方が、先生の人生観にもつながっているような気がします。本日はありがとうございました。

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TOMOHIRO IWANABE-NEWSWEEK JAPAN

インタビューを終えて

野村さんがまだ今ほどは有名でない頃、宇宙論を講義する姿をYouTubeで初めて視聴した筆者は「これだけ業績のある研究者が一般向けに容赦なく難しい話をしているのに、なんて面白くて引き込まれるのだろう」と驚きました。

ライトな宇宙ファンは、これまでは「ビッグバン」「ブラックホール」「ダークエネルギー」などの言葉に、「よく分からないけれどすごそう」と音の響きや大まかな概念を楽しむことが多かったのではないでしょうか。

けれど、野村さんの宇宙論の話には「難しい内容だったけれど、もっと分かるようになりたい」と視聴者が自分でネットや本にアクセスして、さらに深く知りたいと思わせるような"魔力"があります。

野村さんの親しみやすいキャラクターと物理への情熱は、視聴者に「この人がこんなに楽しそうに語り、一生懸命伝えようとしているのだから、物理って面白いのかもしれない」と思わせるパワーがあるのでしょう。

今年は、サバティカル(大学教員に与えられる長期休暇)だったこともあって、日本での活動が多かったとのこと。日本に帰国する機会が少なくなったとしても、ぜひ今後も「サイエンスファンの裾野を広げるために」私たちに語り続けてください。野村さんの「量子重力理論」や「マルチバース論」のさらなる研究成果の発表も楽しみにしています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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