コラム

睡眠不足で起訴も? 「24時間以上眠っていないと99%の精度で分かる血液検査キット」が開発された

2024年04月08日(月)18時50分
睡眠不足のドライバー

運転に悪影響を及ぼさないとされる7時間睡眠をとったドライバーを基準とすれば、2~3時間の睡眠不足は飲酒リスクに匹敵する?(写真はイメージです) Maxim Artemchuk-Shutterstock

<アメリカでは自動車事故の約2割が居眠り運転に起因するという。今回血液検査キットを開発したクレア・アンダーソン教授は、睡眠時間5時間未満の運転の危険性を強調している。「血液検査で睡眠不足が認められれば、将来的には起訴も可能になる」と考える研究者も>

4月は、入学、進学、就職、転勤などで多くの人が新生活を始めます。環境の変化や新たな人間関係による緊張で、睡眠不足になりがちな時期です。

経済協力開発機構(OECD)の2021年版調査によると、日本人の平均睡眠時間は7時間22分で、対象となった33カ国中で最短でした。また、厚生労働省の国民健康・栄養調査(令和元年)によると、1日の平均睡眠時間が6時間未満の割合は、男性が37.5%、女性は40.6%でした。

事態を重く見た厚労省は、24年2月に「健康づくりのための睡眠ガイド2023」を発表し、成人で6時間以上の睡眠時間の確保を目指して、良質な睡眠のための環境づくりや生活習慣などを提案しています。

睡眠不足は本人の健康を損なうおそれがあるだけでなく、認知機能の低下により、工場での作業や運転操作においてヒューマンエラーを起こす可能性が高まります。

たとえば世界の重大事故のうち、スリーマイル島原発事故(1979年)、米スペースシャトル「チャレンジャー号」爆発事故(86年)、チェルノブイリ原発事故(86年)は、作業員の睡眠不足による判断ミスが関与していると考えられています。また、米AAA交通安全基金(AAA Foundation for Traffic Safety)が2016年に公開した報告書によると、アメリカでは自動車事故のうち約20%が居眠り運転に起因すると言います。

けれどこれまでは、睡眠不足は本人の申告を根拠とすることが大半で、特に事故後に客観的に評価することは困難でした。

英バーミンガム大のクレア・アンダーソン教授らの研究チームは、24時間以上眠っていないことを99%の精度で検出する血液検査キットを開発したと発表しました。研究成果は「Science Advances」(3月8日付)に掲載されました。

血液検査は、睡眠不足によるヒューマンエラーを防ぐ救世主となりうるでしょうか。ドライバーへのアルコール検査のように威力を発揮し、事故を未然に防ぐ日は近いのでしょうか。開発の経緯とともに概観しましょう。

既存のツールとの違い

研究を主導したアンダーソン教授は、前職の豪モナシュ大・脳精神衛生研究所に所属している際、睡眠不足を評価する5つのバイオマーカーを発見しました。

バイオマーカーとは特定の病状や状態の指標となる項目や生体物質のことで、血圧や心拍数、ある病気の時に増えるタンパク質など、客観的に評価できるものです。

これまでも睡眠不足を検出するために、様々なツールが開発されてきました。その根拠となるのは、瞳孔の安定性(睡眠不足だと瞳孔の大きさがゆらぎやすい)やマイクロスリープの回数(睡眠不足だと超短時間の睡眠の回数が増える)でした。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ボルソナロ氏長男、26年大統領選出馬を確認 決断「

ビジネス

米NEC委員長「利下げの余地十分」、次期FRB議長

ビジネス

日経平均は続伸で寄り付く、5万1000円回復 TO

ワールド

豪が16歳未満のSNS禁止法施行、世界初 首相「誇
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 3
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「財政危機」招くおそれ
  • 4
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 5
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 8
    「1匹いたら数千匹近くに...」飲もうとしたコップの…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story