コラム

ノーベル賞受賞はなくてもスゴかった! 2023年日本人科学者の受賞研究

2023年12月30日(土)17時15分

5.宮下芳明、中村裕美

宮下氏は明治大大学院先端数理科学研究科教授、中村氏は東京大大学院情報学環特任准教授

2人は23年にイグ・ノーベル栄養学賞を受賞しました。箸やストローに電気を流すと、食べ物の味が変わることを明らかにした2011年の研究が評価されました。

舌に電気を流すと酸っぱく感じたり金属っぽい味がしたりすることは、昔から知られていました。舌などにある味覚を感じる「味蕾」は、化学分子が結合するとそれが電気信号に変わって脳へと伝わり、味に変換されます。なので、味蕾は電気刺激を受けた場合も、化学分子の信号と同じように脳で味として変換されると考えられます。けれどこれまでは、食べ物と結びつけた詳細な研究はありませんでした。

宮下氏は、電池の電極をなめた経験に触発されて、電気で味覚を変える方法を研究するようになったと言います。今回、受賞対象となったのは「電気を使った拡張味覚」という論文で、当時博士課程に在籍していた中村氏とともに、微弱な電流を流すストローや箸、フォークを使うことによって、舌での電流の流れ方次第で飲み物や食べ物の味が増強されることなどを示しました。

さらに22年宮下氏らは、食塩を30%低減させた減塩食を食べるときに微弱な電流を流したスプーンを使うと、塩味が増すことができることを実証しました。減塩食の塩味の強さは最大1.5倍に増強されたと言います。

塩分の過剰摂取は高血圧や腎臓病のリスクを高めますが、塩味を減らしすぎると薄味でおいしくありません。塩味は代替製品の開発が難しく、塩化ナトリウム(食塩)に塩化カリウムを混ぜた「減塩塩」は、カリウムも多く取りすぎると体に悪影響があるなどの欠点がありました。

宮下氏らは、電気が流れるお椀とスプーンで構成された「エレキソルト」をキリンホールディングスとの共同開発し、24年にも国内販売を目指していると言います。電気刺激によって脳の味覚を上手に騙して、おいしく減塩できるようになれば、画期的です。

23年に評価された日本人による研究成果は、人類への貢献や社会実装がキーワードになっているようです。最新科学の詳細なメカニズムを理解することは難しいですが、「自分の生活にどのように関わっているか」を知れば身近に感じられますし、使用感をフィードバックすることで科学に貢献することも可能です。

24年も、最新の科学の話題に注目していきましょう。

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プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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