コラム

H3ロケット「中止か失敗か」論争、若田宇宙飛行士の船外活動 2つのJAXA記者会見に参加して思うこと

2023年02月21日(火)12時20分

一方、「再使用型」としては、NASAが開発した有人宇宙船「スペースシャトル」が有名です。1981年から2011年にかけて135回打ち上げられ、軌道船(オービタ)部分が繰り返し使われました。一回あたりのコストは使い捨てロケットよりも安くなる見込みでしたが、部品が膨大な数であったため再使用のための検査費用が巨額になり、03年のコロンビア号空中分解事故以降は安全対策のコストも多大になったことから、07年には1回の飛行につき約10億ドル(当時の相場で約1200億円)が必要になりました。

とはいえ、近年の海外のロケット開発では、再使用型が改めて広がっています。アメリカの民間宇宙開発会社スペースXが開発した「ファルコン9」では、第1段部分を逆噴射によって軟着陸させて回収します。21年5月には、再使用機が10回目の打ち上げに成功しました。打ち上げ費用は約70億円と見積もられています。

日本政府は19年に「H3ロケットの後継機として、2030年頃に回収・再使用型ロケットを打ち上げる」という方針を示しました。打ち上げ費用は、H3ロケットの半額である約25億円を目標にしています。量産や完全再使用によって、40年前半にはH3の10分の1(約5億円)にして国際競争力をつける計画です。ただし、メーカーによる技術実証などが始まったばかりで、これから10年ほどはH3ロケットが活躍する見込みです。

メインエンジン着火後の打ち上げ中止は約30年ぶり

今回は、初のH3ロケット「試験機1号機」が打ち上がる予定でした。日時は、天候などを加味して直前まで数度の延期があり、最終的に23年2月17日10時37分55秒に設定されました。

当日はカウントダウンも行なわれ、発射6.3秒前に第1段エンジン(LE-9)に着火しました。その後、発射0.4秒前に固体ロケットブースタ(SRB-3)にも着火して、H3ロケットが打ち上がるはずでしたが、第1段にある制御用機器が異常を検知してSRB-3の着火信号を送出しなかったために、発射に至りませんでした。日本のロケットで、メインエンジンに着火した後に打ち上げが中止になるのは、1994年のH-IIロケット2号機以来、約30年ぶりでした。

H3ロケットは22年11月に、今回と同じ機体とロケット発射場を用いて、「実機型タンクステージ燃焼試験」(CFT)と呼ばれる総合システム試験を実施しています。ロケットが飛んでいかないよう固定した状態、かつSRB-3は非搭載でしたが、地上設備との接続テストやLE-9の燃焼テストを行って正常に終了しています。

JAXAは当日14時から岡田匡史プロジェクトマネージャが記者会見を行い、「原因を早急に解明し、3月10日までの予備期間内での打ち上げを目指す」と発表しましたが、2月20日現在、新たな情報はありません。

この記者会見に、筆者は記者枠(質問ができる立場)でオンライン参加していました。原因不明の段階だったので、記者の質問は「想定される原因」「今後の予定」と、「記事の見出しをつけるためのもの」に大別された印象を持ちました。「JAXAは失敗と思っているのか、中止と思っているのか」といった質問は、後者を主な目的としています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、米が中印関係改善を妨害と非難

ワールド

中国、TikTok売却でバランスの取れた解決策望む

ビジネス

SOMPO、農業総合研究所にTOB 1株767円で

ワールド

中国、米国の台湾への武器売却を批判 「戦争の脅威加
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 9
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 10
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story