コラム

「鑑真が持ってきた36種が今日の漢方薬の源」との研究結果 日本の漢方医学の歴史

2022年11月08日(火)11時20分
漢方

漢方医学の基盤には哲学的な思想と経験の集積がある(写真はイメージです) marilyna-iStock

<岡山大の研究チームによれば、仏教伝来で知られる鑑真は仏典だけでなく、多くの漢方薬や香辛料、医学書を日本に持ってきたという>

現在の日本では、私たちが受ける医療は西洋近代医学が中心です。けれど、東洋医学に基づく漢方薬にも医師によって処方され保険適用されるものがあります。日本は、世界でも稀有な「西洋医学と東洋医学が臨床現場で共存している国」とも言えます。ドラッグストアで風薬を買うときに、天然由来の漢方成分を含むものを「体に優しそうだ」と選択する人もいるでしょう。

漢方薬を使う医学を漢方医学と呼びます。中国で数千年の歴史がある中医学・中医薬が5~6世紀に伝わった後、日本の風土や日本人の体格に合わせて独自に発展しました。江戸時代にはオランダから「蘭方医学(西洋医学)」が伝わったため、中国を意味する「漢」を使って対比する名称になりました。

先ごろ岡山大の研究チームは、「中医学の伝来から数百年後の奈良時代に唐の高僧・鑑真がもたらした漢方薬が、現在、日本で臨床の場で使われている漢方薬の基礎になっている」と、文献調査によって示しました。

日本の漢方薬の歴史を紐解きましょう。

漢方薬と組み合わせレシピを持ち込んだ鑑真

中国医学は、周王朝の時代から約 3000 年の歴史があります。中国医学の最古の書物で哲学や鍼灸について論じられた『黄帝内経』(約2000年前)や、後漢末期に伝染病の治療法などをまとめた『傷寒論』(約1800年前)などが、現代まで伝えられています。古墳時代後期に朝鮮半島を経て日本に伝来した中国医学は、その後も遣隋使や遣唐使により最新の内容に更新されていきます。

今回、岡山大の研究チームが注目したのが、日本への仏教伝来で知られている鑑真の影響です。

鑑真は688年に中国の揚州で生まれました。揚州は揚子江や京杭大運河が通る水運の要の都市で、世界中の物資が集まっていました。その中にはハーブや医薬品もありました。

14歳で得度(僧になること)した鑑真は、この土地で薬の基礎知識や、目だけではなく舌、鼻、指などを使って薬の鑑別をする方法を習得しました。20歳で長安に移ってから、さらに医学や薬学の知識を身につけたとされます。

律宗と天台宗を学んだ鑑真は742年、聖武天皇の命を受けて授戒(「戒」を遵守することを人前で誓う儀式)できる高僧を探していた栄叡、普照らに、「日本に戒律を伝えてほしい」と請われます。当時の日本は、修行を積まずに自分で「出家する」と宣言して僧になり、税金を免れる者が跡を絶たず、聖武天皇は授戒による得度を制度化しようとしていました。

鑑真は弟子に「日本に渡りたいものはいないか」と呼びかけますが、誰もいなかったので自ら渡日することにします。嵐や密告によって5度失敗し、途中で失明もした鑑真が日本への渡海を成功して屋久島に漂着したのは、最初の企てから10年以上経過した753年のことでした。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米の日鉄投資計画承認、日米の経済関係強化につながる

ワールド

米空母、南シナ海から西進 中東情勢緊迫化

ビジネス

ECB、政策の柔軟性維持すべき 不確実性高い=独連

ワールド

韓国、対米通商交渉で作業部会立ち上げ 戦略立案へ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story