コラム

今年も侮れないイグノーベル賞と、社会実装されそうな2つの研究

2022年09月27日(火)11時20分

イグノーベル物理学賞を受賞した「子ガモの編隊泳法」の研究は、海上輸送にも役立つ可能性が示唆されています。

カモは、親ガモの後に子ガモが列を作って歩く姿がよく知られています。泳ぐ時も同様で、親ガモを先頭にして子ガモは隊列を作ります。

ジーミン・ユアン氏の研究チームは21年、(1)カモの親子はなぜ編隊を組んで泳いでいるのか、 (2)泳ぐのに最適な隊列はどのような形か、(3)編隊泳法によって、個々の子ガモはどれくらい省エネになっているのかを調べて発表しました。

その結果、親ガモが発生させた波に乗ることで、後続の子ガモは波の抵抗を大幅に減らせることが分かりました。子ガモが母ガモの後ろの適切な位置で泳ぐと、子ガモを前方に押し出す推進力が生まれ、省エネで泳げます。省エネの恩恵は親ガモのすぐ後ろにいる子ガモが最大で、一列に並んでいると他の子ガモにも伝わることも示されました。三羽目の子ガモ以降は、何羽いても各個体が同量の省エネ効果を得られました。

チームは、「この成果はカモだけにとどまらず、船団にも応用できる」と語ります。軍艦の移動や海上輸送の際、「親ガモ」である大きな船が小さな船を先導し、適切な隊列を作ることができれば、燃料の節約が期待されます。

なお、物理学賞受賞者のうち、フランク・フィッシュ氏は94年にほとんど同じ内容を指摘していたという理由から、ユアン氏の研究チームと同時受賞となりました。フィッシュ氏は「私は渦を巻く水の塊がカモを推進させる相乗効果があるのではないかと考えています。カモが他のカモの後ろを泳ぐのに有利なメカニズムは、いくつかあるのでしょう」と話しています。

今年のイグノーベル賞も、例年通り「研究テーマだけ見ると風変わりだけれど、内容を知ると含蓄がある」ものとなっています。授賞式の日本語版はニコニコ生放送で公開され、タイムシフトでも視聴できます。授賞式では、本家のノーベル賞受賞者(プレゼンテーター)とイグノーベル賞受賞者の和気あいあいとしたやりとりも見られます。

また、10月1日からは「イグノーベル賞の世界展」が大阪の心斎橋PARCOで開催されます。興味を持った方はチェックしてみてはいかがでしょうか。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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