コラム

国内唯一の地質時代名「チバニアン」の成り立ちと意義

2022年05月31日(火)11時30分

「チバニアン」は地質学上、どんな意義があるのでしょうか。

地球は、1つの巨大な磁石に例えられます。棒磁石のように地球にもN極とS極があり、地球の周りに磁力の世界「磁場」を作っています。これを地磁気と言います。

地磁気は、北極と南極を結んで、宇宙空間に半径6万キロ以上の磁気圏を作っています。地球の大気や水の宇宙空間への拡散を防ぎ、宇宙空間から降り注ぐ放射線(宇宙線)や太陽からの紫外線を減らして、生命を守る役目も果たしています。

地球誕生から46億年の間に、N極とS極は何度も入れ替わっていることが知られています。現在は北極がS極で南極がN極です。磁石は異なる極どうしが引き合うので、方位磁針のN極は北、S極が南を向きます。

過去360万年間では、地磁気は少なくとも11回反転したと考えられています。反転の間隔は一定ではなく、地層の痕跡から、瞬時に反転するのではなく数千年かけて磁場が変わるとみられます。約77万年前の最後の地磁気反転の後も、地磁気が弱まる現象が十数回起きましたが、反転には至りませんでした。

地磁気反転の研究は、20世紀初頭にフランスの地球物理学者ベルナール・ブリュンヌや京都帝国大学の松山基範教授らによって始められました。東北大学地質学古生物学教室の中川久夫教授らは、1969年に「房総半島新生代地磁気編年」で上総層群国本層内に最後の地磁気反転の痕跡が残されていることを発表しました。

その後、千葉セクションでは、堆積物に含まれる磁石の性質を持つ鉱物「磁鉄鉱」が、地層上部では現在と同じ磁気の向きを示したのに対し、地層下部では逆になっていたことが地元研究者らによって発見されます。

さらに、この地層には「白尾層(びゃくびそう)」と呼ばれる火山灰層が含まれています。この火山灰は約77万年前に古期御嶽山が噴火したときに降り積もったもので、火山灰の中のジルコンという鉱物で年代測定することで、77万4000年前という正確な年代を特定できました。

地磁気逆転前後の地層が観察できるだけでなく

千葉セクションは、なぜ地磁気逆転の証拠が観察しやすい形で残されたのでしょうか。

日本列島が現在の形になる前は、房総半島は海の底にありました。海底では、礫(れき)、砂、泥といった堆積物がきれいに積み重なります。

一方、日本列島は地殻変動が激しい地帯(変動帯)にあるので、海底で堆積した地層は、房総半島が隆起して地上に現れました。さらに養老川が地層を侵食することで、地層の断面が露出して観察できるようになりました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン氏「圧力に屈せず」、ロに長距離攻撃なら「深

ワールド

米政権、航空便の混乱悪化を警告 政府閉鎖長期化で

ワールド

トランプ氏、サンフランシスコへの州兵派遣計画を中止

ワールド

トランプ氏、習主席と30日に韓国で会談=ホワイトハ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 2
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシアに続くのは意外な「あの国」!?
  • 3
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺している動物は?
  • 4
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 5
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 6
    国立大卒業生の外資への就職、その背景にある日本の…
  • 7
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 8
    「石炭の時代は終わった」南アジア4カ国で進む、知ら…
  • 9
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 10
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 10
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story