コラム

核融合エネルギー、世界新達成も2050年の実用化は無理?

2022年02月22日(火)11時25分
過去最高のエネルギー生成量を記録したJETの核融合炉の内部

過去最高のエネルギー生成量を記録したJETの核融合炉の内部 EUROfusion-YouTube

<核融合エネルギーにはどんな利点があるのか? 実用化のために必要なステップとは?──「地上に太陽をつくる研究」の現在地、今後の課題について解説する>

欧州各国の核融合研究機関からなるコンソーシアム「ユーロフュージョン(EUROfusion)」は今月9日、イギリスのオックスフォード近郊にある欧州トーラス共同研究施設(JET)の実験装置で、核融合によるエネルギーの生成量を大幅に更新したと発表しました。

今回の記録は昨年12月に行われた実験によるもので、核融合を5秒間維持して59メガジュール(約12メガワット)のエネルギーを作り出すことに成功しました。これまでの記録は、1997年に同施設で記録された22メガジュールでした。使用されたのは「トカマク」と呼ばれるドーナツ型装置で、JETが所有するものは80立方メートルあって世界最大です。

「地上に太陽をつくる研究」

核融合反応と核分裂反応は混同されやすく、核融合は原発や原爆に関わる研究だと誤解する人もいます。核融合反応の軍事利用である水素爆弾は、2種の水素に核融合を起こさせる起爆剤として原爆(核分裂反応)を使うので、余計に紛らわしいのでしょう。

核融合も核分裂も、原子核の安定が反応の原理となっています。

すべての元素の中で最も原子核が安定している鉄を基準にすると、鉄よりも軽い水素やヘリウムのような原子は原子核同士が融合して、より重い原子核となるほうが安定します。対して、鉄よりも重いウランのような原子は、分裂して軽くなるほうが安定します。

核融合反応を人工的に起こす場合は、重水素(通常の水素原子の2倍の質量を持つ水素)と三重水素(通常の水素原子の3倍の質量を持つ水素)がよく用いられます。両者が融合してヘリウムと中性子になると、大きなエネルギーが発生します。

自然界での核融合は、太陽内部で熱を生み出す反応に代表されます。太陽は46億年前に誕生して、今も燃え続けています。数億年の長期にわたって膨大なエネルギーを生み出し続ける反応を、地球上で人工的に行って発電等に利用することを目指すのが核融合エネルギーの研究開発です。そのため「地上に太陽をつくる研究」とも言われています。

太陽の中心は約2400億気圧の超高圧状態で、約1600万度の高温で水素原子同士がぶつかって核融合が起きています。地球ではそれほどの高圧状態は作り出せないため、核融合を起こすための温度は1億度以上が必要です。地球上に存在する物質で、1億度の物体に直接触れて耐えられるものはありません。そこで研究者たちは、高温に熱してプラズマ(気体分子が陽イオンと電子に分かれた状態)になったガスをドーナツ状の磁場に閉じ込める方法を考案しました。

ドーナツ型の装置の内張りには、核融合が効率よく行われるような物質を使っています。1997年の実験当時は炭素でしたが、炭素は核融合の材料である三重水素を吸収することがわかりました。そこで、今回の実験では炭素をベリリウムとタングステンに置き換えたところ、吸収率は10分の1以下に下がり、人工の核融合エネルギーの新記録が生まれました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナが米欧を戦争に巻き込む恐れ、プーチン氏側

ビジネス

商業用不動産、ユーロ圏金融システムの弱点=ECB金

ワールド

銃撃されたスロバキア首相、手術後の容体は安定も「非

ワールド

焦点:対中関税、貿易戦争につながらず 米中は冷めた
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 8

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 9

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story