コラム

アメリカでようやく根付き始めた日本のライトノベル

2018年06月22日(金)15時40分

アメリカの大手書店チェーンではライトノベルがマンガと一緒に並べられている Yukari Watanabe/Newsweek Japan

<日本のライトノベルの英訳は「会話とキャラクターを中心に」読み進める、マンガのサブジャンルとしてアメリカでも人気が出始めた>

日本で非常に良く売れている「ライトノベル」のジャンルだが、2000年代にアメリカで翻訳出版として上陸したときには単発での成功はあったものの根付かなかった。いったん撤退したような形になったが、2014年に「再上陸」した後は売上を倍増させ、定着する気配を見せている。

アメリカには、ティーン読者を対象にしたYA(ヤングアダルト)という人気ジャンルがある。売上高が400億円近い巨大なマーケットで、ヒット作を出した作家の年収が25億円を超えることも少なくない。

YAはファンタジーやロマンスの内容が多いジャンルなので、日本の読者は翻訳された日本のライトノベルもYAとして取り扱われるべきだと思うかもしれない。しかし、ライトノベルはYAと同じものではないし、その一部でもない。アメリカでは、日本のライトノベルは「Light Novel」と呼ばれ、漫画のサブジャンルとして扱われている。

アメリカ最大の書店チェーン「バーンズ・アンド・ノーブル」でも、ライトノベルはMangaと同じ棚に一緒に並べられており、YAの棚とは別の場所にある。また「ライトノベル」という表示はなく、書店で「ライトノベルはどこですか?」と質問したときに店長が「ライトノベル」をグーグル検索して「ああ、漫画のノベライゼーションなのですね」と納得したほどまだ一般的な知名度は低い。

「日本のライトノベルは漫画ではない。これをYAとして扱わないのは不公平だ」と感じる人がいるかもしれない。だが、それには多くの事情が絡んでいる。

YAはアメリカのティーンを対象にしたアメリカ独自のジャンルだ。フィクションの場合には主人公が12~18歳(ほとんどは14~18歳の高校生)であり、この主人公の視線で描かれているというのが定義だ。ノンフィクションの場合には、その年代に適した読みやすい文章とページ数であることが条件になる。

このコラムでも何度か紹介したが、ノンフィクションでは、歴史や政治、社会問題を扱ったものが多い。日本で翻訳されているYAのフィクションは、たとえば『レッド・ライジング―火星の簒奪者(Red Rising)』(ハヤカワ文庫SF)、『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ』(岩崎書店、海外文学コレクション)のように一般読者を想定した扱いになっており、ライトノベルとしては売られていない。

YAの定義を決めたのは、図書館と図書館教育を振興する「アメリカ図書館協会(ALA)」の児童書部門下部組織だ。ALAは、会員の図書館員やネットでの情報などを通じて学校や家庭での児童書の選択だけでなく、本の売上にも大きな影響力を持つ。ALAが与える児童書文芸賞の「コールデコット賞(絵本)」「ニューベリー賞(児童書)」「プリンツ賞(YA)」は、必ずベストセラーになる。

YAフィクションには、文芸小説、ファンタジー/SF/アドベンチャー、ロマンスなどのサブジャンルがある。バトルやアクション中心のSF/ファンタジーものでは男性作家と男性ファンが多いが、全体的には女性作家と女性読者のほうが多い。ティーン向けだが、半数以上の読者が成人だということもわかっている。つまり、成人女性が市場に大きな影響力を持つジャンルである。

アメリカでは読者も女性のほうが多いが、出版業界も女性が80%を占める。管理職には男性が多いとはいえ、ALAでも女性の力は大きい。また、ALAは図書館や学校教育に関して政治的な発言力を持つ団体でもある。早い時期から内部にLGBTQ+(性的マイノリティ)の専門職団体を設置し、「表現の自由」を強く擁護する一方で、子供が年齢に応じた内容の本に触れることを強く求めている。大人のアクセスの自由は維持し、児童が「猥褻物、児童ポルノ、未成年者に有害な視覚表現」にアクセスすることを避ける技術的対策を取る「児童のインターネット保護法」をロビーしてきた。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

今、あなたにオススメ

ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請、1000件減の19.1万件

ビジネス

英中銀、予想通り0.25%利上げ インフレ低下を見

ワールド

スイス中銀、0.5%利上げ クレディ支援で「危機に

ワールド

ロシア、中国とのガスパイプライン契約の年内締結を確

今、あなたにオススメ

MAGAZINE

特集:グローバル企業に学ぶSDGs

2023年3月21日/2023年3月28日号(3/14発売)

ダイキン、P&G、AKQA、ドコノミー......。「持続可能な開発目標」の達成を経営に生かす

メールマガジンのご登録はこちらから。

人気ランキング

  • 1

    大事な部分を「羽根」で隠しただけ...米若手女優、ほぼ丸見えドレスに「悪趣味」の声

  • 2

    女性支援団体Colaboの会計に不正はなし

  • 3

    ニシキヘビ、子ポッサムの前で母を絞め殺し捕食 豪

  • 4

    中学生の課外活動は部活から地域クラブへ

  • 5

    中国が示すウクライナ停戦案に隠された「罠」と、習…

  • 6

    米、ウクライナへの主力戦車「エイブラムス」供与を前倒…

  • 7

    プーチン「専用列車」の写真を撮影・投稿してしまっ…

  • 8

    新型コロナウイルス、感染の犯人は武漢・海鮮市場のタ…

  • 9

    幻の音源も収録された、大滝詠一の新作ノベルティ作…

  • 10

    夜空を浮遊する4つの怪光...UFOか? 謎の飛行物体の…

  • 1

    大事な部分を「羽根」で隠しただけ...米若手女優、ほぼ丸見えドレスに「悪趣味」の声

  • 2

    【悲惨動画3選】素人ロシア兵の死にざま──とうとう長い棒1本で前線へ<他>

  • 3

    「この世のものとは...」 シースルードレスだらけの会場で、ひときわ輝いた米歌手シアラ

  • 4

    女性支援団体Colaboの会計に不正はなし

  • 5

    プーチンの居場所は、愛人と暮らす森の中の「金ピカ…

  • 6

    事故多発地帯に幽霊? ドラレコがとらえた白い影...…

  • 7

    復帰した「世界一のモデル」 ノーブラ、Tバック、シ…

  • 8

    「ベッドでやれ!」 賑わうビーチで我慢できなくなっ…

  • 9

    「セクシー過ぎる?」お騒がせ女優エミリー・ラタコ…

  • 10

    少女は熊に9年間拉致され、人間性を失った...... 「人…

  • 1

    大事な部分を「羽根」で隠しただけ...米若手女優、ほぼ丸見えドレスに「悪趣味」の声

  • 2

    推定「Zカップ」の人工乳房を着けて授業をした高校教師、大揉めの末に休職

  • 3

    バフムト前線の兵士の寿命はたった「4時間」──アメリカ人義勇兵が証言

  • 4

    訪日韓国人急増、「いくら安くても日本に行かない」…

  • 5

    「ベッドでやれ!」 賑わうビーチで我慢できなくなっ…

  • 6

    【写真6枚】屋根裏に「謎の住居」を発見...その中に…

  • 7

    これだけは絶対にやってはいけない 稲盛和夫が断言…

  • 8

    1247万回再生でも利益はたった328円 YouTuberが稼げ…

  • 9

    ざわつくスタバの駐車場、車の周りに人だかり 出て…

  • 10

    年金は何歳から受給するのが正解? 早死にしたら損だ…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story