コラム

アメリカでようやく根付き始めた日本のライトノベル

2018年06月22日(金)15時40分

ALAの会員である図書館員のマジョリティは性的暴力やマイノリティへの差別などのポリティカル・コレクトネスにも敏感だ。彼らは、セックスを娯楽として表現することには寛容だが、ティーン向けのYAフィクションで性的暴力や差別などのテーマが扱われるときには「問題提起」であることを求める。未成年者が対象の本でそれらがただのエンターテイメントとして扱われている場合には、強い拒絶反応を示す。

こういった環境では、幼い少女を連想させる「美少女」がセクシーなポーズを取る表紙が多いライトノベル全体を児童書部門の一部であるYAとして認めてもらうのは困難である。

もうひとつの問題はページ数と文章表現だ。

アメリカでは通常のYAフィクションは1冊300~400ページで、500ページ以上のものもある。だが、これを日本語に翻訳すると1冊には収まらず、上下巻、上中下巻に分けざるを得なくなる。逆に、日本のライトノベルを英語に訳すと200ページ以下の薄っぺらな本になってしまう。また、プロットと会話中心のライトノベルは、スピード感はあるが、文章での描写を楽しむことに慣れているYAフィクションのファンにとっては物足らなく感じる。

むろん、日本のライトノベルでも、この環境でYAとして受け入れられる作品はある。2009年にアメリカで翻訳出版された『涼宮ハルヒの憂鬱(The Melancholy of Haruhi Suzumiya)』がそのひとつで、ペーパーバック版の表紙はYAジャンルを意識したものだった。読者の反応は良好である程度売れたようだが、YAの読者層に「ライトノベル」のインパクトを与えるほどの成功ではなかった。

yukari180621haruhi.jpg

YAジャンルを意識したUSペーパーバック版『涼宮ハルヒの憂鬱』の表紙

実は、「ライトノベルをYAとして売らない」というのは、アメリカでライトノベルを刊行している出版社の決断なのだ。

アメリカでのライトノベルのリーダー的存在は、Seven Seas Enertainment や Yen Press出版のライトノベル専門インプリント Yen On である。どちらも日本の漫画を翻訳出版しており、ライトノベルの取次に漫画やアニメ専門のダイヤモンド・ブック・ディストリビューションを使っている。

Yen Press の共同創始者で Yen On の責任者であるカート・ハスラー氏にこの決断について尋ねてみた。Yen Press はアシェットグループとカドカワが共同出資している漫画専門の出版社だ。

ハスラー氏は「主人公とターゲットになる読者がティーンだということでYAのカテゴリに含まれてもよいライトノベルは多い」としながらも、「ライトノベルが一様にはYA指定にはならない」ことが大きな問題だという個人的な見解を語ってくれた。なぜなら、ライトノベルは「主人公のすべてがティーンとはかぎらず、ティーンの読者を主要なターゲットにしたものばかりではない」からだ。

YAの指定にならないとすれば、大人向けのフィクションのジャンルに入れるという方法もあるが、ライトノベルにはSF、ファンタジー、ロマンスなど多くのカテゴリがある。個々のジャンルでライトノベルを売り込むのは非常に困難だ。書店や図書館にライトノベルの存在を理解してもらうのが難しいだけでなく、潜在的な読者に見つけてもらいにくくなる。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独消費者信頼感指数、5月は3カ月連続改善 所得見通

ワールド

バイデン大統領、マイクロンへの補助金発表へ 最大6

ワールド

米国務長官、上海市トップと会談 「公平な競争の場を

ビジネス

英バークレイズ、第1四半期は12%減益 トレーディ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story