コラム

サイバー攻撃が、現実空間に大被害をもたらしたと疑われる二つの事例

2015年08月20日(木)15時31分

 2008年8月6日、トルコ東部のレファヒエでパイプラインが爆発した。トルコ政府は、公式にはシステム故障のせいにしたが、クルド人の分離主義者たちのクルディスタン労働者党(PKK)が犯行声明を出した。

 しかし、米国のインテリジェンス機関は、ロシアのサイバー攻撃による爆発と見ている。攻撃者が警報器を停止し、通信を切断し、パイプラインの中の原油の圧力を高めて爆発させたというが、直接的な証拠は示されていない。状況証拠、動機、そして洗練された技術レベルに基づいた判断だという。というのも、このパイプラインはロシアを避けて作られており、資源政治で復権しようとしていたロシアの利害を侵害するものと受け止められていたからである。

RTR20Q05.jpg 写真:2008年8月6日、トルコ東部でバクー・トビリシ・ジェイハンパイプラインが爆発した REUTERS/Anatolian-Muhammet Ispirli (TURKEY)

 約107センチメートルの直径のパイプラインは地面に埋められているが、ところどころで地上に露出し塀で囲まれたバルブ局によって区切られている。パイプを区切ることによって漏れの際に対応しやすくするためである。約1769kmにもなる長大なパイプラインには、圧力や油の流れなどを測るさまざまなセンサーと監視カメラが付けられていたが、監視カメラの動画は攻撃者によって削除されていた。しかし、別のネットワークに取り付けられていた赤外線カメラが、爆発の数日前、ラップトップパソコンを持ちながらパイプライン沿いを歩く二人の男を写していた。

 パイプラインの制御室が爆発を知ったのは爆発の40分後で、火炎を見つけたセキュリティ担当者からの通報によるという。その後の調べでは、サイバー攻撃の侵入口は、監視カメラそのものであった可能性がある。カメラのソフトウェアに脆弱性があり、そこからネットワークに侵入してコントロールを奪ったと見られている。バックアップの人工衛星による監視も止められていた。

 犯行声明を出したPKKにはパイプライン破壊の動機はあるが、これほどの技術力はない。PKKは攻撃者との間で事前に打ち合わせし、PKKが犯行声明を出すように調整が行われていたと考えられている。

 これらの二つの事件は技術的な説明・証拠がほとんどなく、確実な事例だとは見なされていない。正確な話というよりは政治的な動機付けを持った話だと見たほうが良いのかもしれない。

サイバー攻撃は、現実空間に影響し、被害をもたらす

 しかし、重要なポイントは、これらが過去に本当にあった話なのかどうかよりも、今後実際にそうしたサイバー攻撃が可能なのかどうかという点である。

 もし米国がソ連に対して偽の製品を送り込み、重要インフラストラクチャを破壊することができたとしたら、米国の敵国が米国に対して同じことをできるかもしれない。実際、近年の米国はハードウェアの部品の供給を他国に大きく依存している。米国は中国からのサイバー攻撃を批判しながら、中国から大量の製品や部品を購入している。中国から細工された製品、偽物の製品が米国に送られてきていれば、かつてのソ連と同じように米国の産業基盤を長期的には切り崩す可能性がある。米国だけでなく、日本を含めたあらゆる国に影響があるだろう。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア、イラン・イスラエル仲介用意 ウラン保管も=

ワールド

イラン核施設、新たな被害なし IAEA事務局長が報

ビジネス

インド貿易赤字、5月は縮小 輸入が減少

ワールド

イラン、NPT脱退法案を国会で準備中 決定はまだ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 6
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 8
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story