最新記事

事件

なぜベトナム人は密入国を選ぶのか 英コンテナ死亡の39人は氷山の一角

2019年11月14日(木)20時14分
チュック・グェン

遠い異国で亡くなったベトナムの若者 ITVNews / YouTube

<ロンドン近郊の街でトラックの荷台で凍死したベトナム人。彼らが苛酷な密入国を選んだ背景とは>

英国で発生したトラックのコンテナで39人が死亡して発見された事件は、39人全員の身元がベトナム人だったあることが判明、ベトナムにとっては最悪の結果となった。行方不明が伝えられたベトナム人家族は悪い予感を抱きつつも常に祈り、希望をもっていたが、結局それは全て打ち砕かれ、深い悲しみに包まれた。

英国当局がすべての犠牲者がベトナム人であることを確認した後、ベトナム語の通訳者が各家族に電話をかけて身元を確認し、死亡の情報を伝えた。

犠牲者の一人トゥラ・マイさん(26)の父ティン氏は電話インタビューに対して、悲しみに暮れながらも娘の遺体がいつどのようにベトナムに帰ってくるのか現在も不明と漏らす。「英国側が遺体返還費用に関しては全額負担するとの情報がある一方で、ベトナム当局には費用を支払う必要があるともいわれている」と戸惑いを隠さない。

不法渡航を選択せざるを得ない状況

ベトナム国営メディアは国内外に現実とはかけ離れたイメージを報道している。例えば、「ベトナムは地球上で最も住みやすい国トップ10のひとつ」「ベトナムは世界で最も稼ぎやすい国」「ベトナムは世界で最も急速に成長している魅力的な投資先」など......。しかし今回の39人の死は、多くのベトナム人が家族を支える仕事を探すために海外に不法に出国しているという事実を国際的に明るみにした。

ベトナム政府が公表している失業率は3.1%(2018年)だが、誰もこの数字を信用しておらず、実質的な失業率は相当に高い数字とみられている。労働者の月額最低賃金292万ベトナムドン(約13,700円)に過ぎない。彼らは生活のために1日12〜15時間の労働を強いられ、さらに手当のいい仕事を求めて劣悪な環境の職場での労働を選択する。毒物や劇物を扱う労働や空気の悪い職場での仕事は手当も多いが身体への影響は深刻だ。

こうした低賃金、劣悪環境という国内の労働市場の実情が、不法入国・不法就労であっても海外での労働を希望するベトナム人が後を絶たない一番大きな理由となっている。

一部の裕福で幸運なベトナム人は海外に滞在する方法を見つけて留学先を決め、家族はビジネスに数百万ドルを費やして「投資家」として海外滞在ビザを取得することができる。

しかし、一般の人々は出稼ぎに行くために、ブローカーに多額の費用を支払って海外に行くことを選択せざるをえないのが現状だ。ロンドンで犠牲となった39人はまさにそうした道を選んだ人々で、リスクが高い道を選ばざるを得なかったのだ。

トゥラ・マイさんの父によると、彼女は2016〜19年まで日本に滞在し弁当会社で働いていたという。仕事を斡旋したのはホーチミン市にあるアン・タイ・ドゥオンという会社だったという。3年間日本で働いた後、今年6月にベトナムに戻ってからさらに2年間働くために日本に行きたいと希望したが実現せず。やむなく今回イギリス行きを選択したという。

reuter_20191114_200638.jpg

3年間日本で就労した経験があったというトゥラ・マイ。ソーシャルメディアより

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

午後3時のドルは155円前半へじり高、急落時の半値

ワールド

世界の平均気温、4月も観測史上最高 11カ月連続=

ビジネス

米アマゾン、テレフォニカとクラウド契約 通信分野参

ビジネス

三菱重の今期、2年連続で最高益見込む 市場予想は下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    デモを強制排除した米名門コロンビア大学の無分別...…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    イギリスの不法入国者「ルワンダ強制移送計画」に非…

  • 10

    中国軍機がオーストラリア軍ヘリを妨害 豪国防相「…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中