最新記事

国籍

二重国籍者はどの国が保護すべきか?──国籍という不条理(2)

2019年1月30日(水)15時55分
田所昌幸(慶應義塾大学法学部教授)※アステイオン89より転載

欧米の歴史を見ても、国家への帰属を確定する国籍制度の展開が、兵役の問題と密接に関連していたのは偶然ではない。確かに日本はもちろん、多くの欧米諸国でも冷戦後に徴兵は行われなくなったが、国家を守ることは市民としての義務と認識されている。状況次第では兵役義務が復活する可能性は常にあり、現実に近年北欧諸国では兵役義務が復活しているし、フランスでも限定的な兵役が再開された。

お隣の韓国では兵役は若い男性にとっての厳しい義務となっていて、私が教える大学でも、兵役のために一時休学を余儀なくされる韓国人留学生は少なくない。逆に韓国には数万人の在留邦人がいて、韓国軍兵士の提供する安全を享受していることになる。税金を払っているからといって在留邦人にも韓国の国政参政権を要求でもすれば、韓国民が不満を憶えるのは想像に難くない。

ところで、上の在外邦人の例からも想起されるが、国家は国内に居住・滞在する人々に責任を持つだけではなく、国外にいる自国民に対しても保護を提供する責任も負っている。日本人が国外で事故や事件に巻き込まれれば、現地の領事館はこういった在外邦人を保護すべく活動する。かつては在外自国民の保護を名目に軍事介入が行われたことも少なくない。そういった事例は極端としても、今日でも紛争地域から自国民を避難させるために軍隊を派遣することは現実的な可能性だ。もちろん外国の領土に勝手に軍隊は派遣できない。朝鮮半島有事の際に邦人救出のために自衛隊でも派遣すれば、「韓国は北朝鮮と同盟を結んで日本に立ち向かう」という話があるくらいである。

しかし派遣先の国家の同意があったとしても、在外自国民の保護は、保護を提供する国家にとって、政治的・経済的そして人的にも、国内以上に費用がかかり危険も大きい。それが国家に期待される当然の役割だとしても、国家はどこまでの政治的・経済的そして人的負担を、国内に在住する国民に求めるべきなのだろうか。とりわけ長期にわたって母国を離れていたり、血縁関係によって国籍を持っていても一度も居住さえしなかったりする在外国民や、重国籍者が増えると、答えは自明とは言いがたい。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル首相、戦時内閣を解散=当局者

ワールド

中国、EU産豚肉の反ダンピング調査開始

ワールド

プーチン氏、19日からベトナム訪問 武器や決済など

ワールド

アングル:仏財政危機への懸念高まる、市場は英トラス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:姿なき侵略者 中国
特集:姿なき侵略者 中国
2024年6月18日号(6/11発売)

アメリカの「裏庭」カリブ海のリゾート地やニューヨークで影響力工作を拡大する中国の深謀遠慮

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「珍しい」とされる理由

  • 2

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 3

    FRBの利下げ開始は後ずれしない~円安局面は終焉へ~

  • 4

    顔も服も「若かりし頃のマドンナ」そのもの...マドン…

  • 5

    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆…

  • 6

    水上スキーに巨大サメが繰り返し「体当たり」の恐怖…

  • 7

    なぜ日本語は漢字を捨てなかったのか?...『万葉集』…

  • 8

    中国経済がはまる「日本型デフレ」の泥沼...消費心理…

  • 9

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名…

  • 10

    米モデル、娘との水着ツーショット写真が「性的すぎ…

  • 1

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 2

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 3

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思っていた...」55歳退官で年収750万円が200万円に激減の現実

  • 4

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名…

  • 5

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「…

  • 6

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「…

  • 7

    カカオに新たな可能性、血糖値の上昇を抑える「チョ…

  • 8

    「クマvsワニ」を川で激撮...衝撃の対決シーンも一瞬…

  • 9

    認知症の予防や脳の老化防止に効果的な食材は何か...…

  • 10

    堅い「甲羅」がご自慢のロシア亀戦車...兵士の「うっ…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 4

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…

  • 5

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 6

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 7

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 9

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…

  • 10

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中