最新記事

国籍

二重国籍者はどの国が保護すべきか?──国籍という不条理(2)

2019年1月30日(水)15時55分
田所昌幸(慶應義塾大学法学部教授)※アステイオン89より転載

日米の国籍を持つ大坂なおみ選手の活躍は二重国籍をめぐる議論を巻き起こしているが Aly Song-REUTERS


<国家の継続には「帰属意識」も必要となる。国のために危険を伴う任務を果たせるのか? その最たる例が兵役だ。昨今「二重国籍」を認めるべきであるという議論が高まっているが、二重国籍容認論は安全保障環境の変化と無縁ではないことを田所昌幸・慶應義塾大学教授は指摘する。論壇誌「アステイオン」89号は「国籍選択の逆説」特集。同特集の論考「国籍という不条理」を3回に分けて全文転載する>

※第1回:国籍売ります──国籍という不条理(1)

国家のオーナーはだれか

さて国家の側から見ると、国籍という制度は何を意味するのか。今日の領域主権国家は特定の領域を排他的に支配している。領土を持たなければ、それは国家とは言えないのは、当然とは言え重要な事実である。しかし同時に、国家は領土を支配するだけではなく、国民がいなければ成立しない。つまり国家は領域的組織であるとともに人的組織でもあるのである。

前近代の封建社会では、国家の領域的性格と人的性格の間には矛盾はなかった。というのは領主が支配した領土に居住していた領民は、いわば土地の付属物であり、政治的参加をするわけでもなければ、自由に国外に移動できるわけでもなかったからである。そもそも前近代には、人口の圧倒的大部分を占める農民に、国内でも移動の自由が一般的に認められていたわけではなかった。人々が移動しないのなら、領土の支配はただちにそこに居住する住民の支配も意味する。

今日でも国籍を決定する基本的な原則は、両親の国籍を継承するとする血統主義と、出生地を基準に国籍を決める出生地主義の二つである。血統主義に人種差別の匂いを感じて、それに比べて出生地主義をより先進的と見なす向きもあるが、実は出生地主義は封建制度の起源を持つ制度であって、血統主義はフランス革命後にナポレオン法典によって導入された制度である。

フランス革命の結果、臣民から市民となった国家のメンバーは、国家が支配する対象ではなく、国家の主体だということになった。つまり国王に代わって市民が国家のオーナーになったわけで、国家とそのメンバーの間に強い双方向的関係が期待されるようになった。フランス革命後のフランスでは、生誕地の方が偶然の要素が強く、両親の国籍の方が国家との継続的な結びつきを判断する基準として、より合理的だと判断されたのである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

パレスチナ自治政府、夏にも崩壊 状況深刻とノルウェ

ワールド

ロシア、拘束中のWSJ記者の交換で米国と接触=クレ

ワールド

ロシア、NATO核配備巡る発言批判 「緊張拡大」

ビジネス

レーンECB専務理事、仏国債救済の必要性を否定
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:姿なき侵略者 中国
特集:姿なき侵略者 中国
2024年6月18日号(6/11発売)

アメリカの「裏庭」カリブ海のリゾート地やニューヨークで影響力工作を拡大する中国の深謀遠慮

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「珍しい」とされる理由

  • 2

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 3

    FRBの利下げ開始は後ずれしない~円安局面は終焉へ~

  • 4

    顔も服も「若かりし頃のマドンナ」そのもの...マドン…

  • 5

    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆…

  • 6

    水上スキーに巨大サメが繰り返し「体当たり」の恐怖…

  • 7

    なぜ日本語は漢字を捨てなかったのか?...『万葉集』…

  • 8

    中国経済がはまる「日本型デフレ」の泥沼...消費心理…

  • 9

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名…

  • 10

    米モデル、娘との水着ツーショット写真が「性的すぎ…

  • 1

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 2

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 3

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思っていた...」55歳退官で年収750万円が200万円に激減の現実

  • 4

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名…

  • 5

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「…

  • 6

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「…

  • 7

    カカオに新たな可能性、血糖値の上昇を抑える「チョ…

  • 8

    「クマvsワニ」を川で激撮...衝撃の対決シーンも一瞬…

  • 9

    認知症の予防や脳の老化防止に効果的な食材は何か...…

  • 10

    堅い「甲羅」がご自慢のロシア亀戦車...兵士の「うっ…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 4

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…

  • 5

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 6

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 7

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 9

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…

  • 10

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中