最新記事

イスラエル

中東和平ネタニヤフの見えない真意

イスラエルが東エルサレムの入植地での新規住宅建設を認めたことで、中東和平の実現は遠のいた。9月には大幅譲歩の姿勢を見せたネタニヤフ首相の真の狙いを探る

2010年10月18日(月)17時06分
ダン・エフロン(エルサレム支局長)

父子の絆 大きな決断の前には必ず父親ベンツィオン(左)の意見を聞くと言うネタニヤフ(09年) Getty Images

 イスラエル首相たるもの、顧問や側近といった身内以外の者とじっくり話し合ったりはしない。だが09年6月、翌日に重要な演説を控えたその日、ベンヤミン・ネタニヤフ首相はイスラエルの小説家エヤル・メゲド(62)と2時間を共にし、彼の意見に耳を傾けた。

 09年3月末に首相に就任してから2カ月ほどが過ぎていた当時、ネタニヤフはバラク・オバマ米大統領から強い圧力をかけられていた。パレスチナ国家の樹立を承認せよ、という圧力だ。

 ネタニヤフが6月14日にラマトガンにあるバルイラン大学で行う予定だった外交方針演説は、大きな意味を持つはずだった。前日の午後、メゲドと彼が同伴した作家のダビド・グロスマンは首相に進言した。アラブ世界に手を差し伸べ、パレスチナとの長い紛争に終止符を打つべきだ、と。

「ネタニヤフは大胆な姿勢を示すべきだと、私は考えていた」。メゲドはそう当時を振り返る。メゲドとネタニヤフの関係は単純なものではない。2人が友人付き合いを始めたのは10年前。ネタニヤフがメゲドの著作を読み、称賛のメッセージを送ったのがきっかけだった。

 以来、メゲドと妻はネタニヤフ夫妻とよく会うようになったが、その関係は小説家としてのメゲドのキャリアを傷つけているようだ。左派的な政治観を持つ作家仲間の多くが口も利いてくれなくなったと、彼は言う。左派系のイスラエル紙ハーレツも彼の著作の書評を載せなくなった。

■「懐疑的な人々を驚かせる用意がある」

 演説の当日、テレビの中継番組を見たメゲドは驚いた。彼らが提案した文章を、ネタニヤフは1つも盛り込んでいなかったのだ(電話で話を聞いたグロスマンもそのとおりだと認めた)。

 確かに、ネタニヤフは条件付きでならパレスチナ国家の樹立を認めてもいいという姿勢は示した。だが中途半端な内容の演説には、メゲドたちが望んだ寛容の精神はかけらも見当たらなかった。

 これは政治的な侮辱であるだけでなく、個人的な侮辱だとメゲドは受け止めている。「あれ以来、妻に何度もこう言っている。(ネタニヤフは)流れに逆らう私の勇気をたたえたが、彼自身にそんな勇気はない、と」

 ネタニヤフは今週ワシントンを訪問し、中東和平をめぐって9月2日から開催されるイスラエルとパレスチナの直接交渉に臨む。約1年9カ月ぶりに行われる直接交渉の成功の鍵は、ネタニヤフの覚悟にある。自分の過去と現在を構成するすべてのもの──自らが率いる右派連立政権、対パレスチナ強硬派で知られる父親、タカ派政治家として鳴らす自身の経歴に逆らう覚悟があるのか。

 8月22日、ネタニヤフはパレスチナとの和平協定を真剣に求める姿勢を示して「批判派や懐疑的意見を持つ人々を驚かせる」用意があると発言した。だが、ネタニヤフはイスラエルの治安が保証されるなら大幅に譲歩すると明言しているものの、その詳細については少しも語らない。おかげで突然の和平路線への転換は、アメリカからの圧力をかわす手段ではないかとの疑念が噴き出している。

「誰も首相の考えを正確に知らない」と、ネタニヤフと近いある補佐官は言う。「彼は内輪の会議でも詳しいことは言わない」

歴代首相の信念を覆した人口統計上の脅威

 ここまで慎重とは、ネタニヤフらしくない。政治家人生の大半において、ネタニヤフはイスラエルで最も率直かつ筋金入りのタカ派であり続けてきた。90年代後半に初めて首相を務めた際には、93年にイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)が結んだオスロ合意を踏みにじるまねをした。著書では、パレスチナ国家の樹立がイスラエル存亡の危機となる理由を長々と論じている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トムソン・ロイター、第1四半期は予想上回る増収 A

ワールド

韓国、在外公館のテロ警戒レベル引き上げ 北朝鮮が攻

ビジネス

香港GDP、第1四半期は+2.7% 金融引き締め長

ビジネス

豪2位の年金基金、発電用石炭投資を縮小へ ネットゼ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 8

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 9

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中