最新記事

日本社会

日本初の飛び入学で「17歳の大学生」になった「物理の天才」 今トレーラー運転手になった根本理由とは

2022年10月1日(土)12時50分
読売新聞社会部「あれから」取材班 *PRESIDENT Onlineからの転載

「研究の道に未練はない。でもやっぱり物理が好き」

トレーラー運転手の仕事に専念してから、今年で8年目。

佐藤さんは正社員として家族3人が暮らせる給料をもらい、4年前に千葉県内に一軒家を購入した。週末には、ささやかながら外食もできる。妻の裕子さんは「好きなことができていればいい」と温かく見守る。

研究の道に未練はない。でもやっぱり物理が好きで、教えるのも好きだ。だから今も、知り合いの子供の家庭教師を引き受けている。

2月中旬。中2の男子生徒の家で理科の勉強をみた。学習書には電気抵抗の公式が載っているが、「ぶっちゃけ、この公式なくても解けるよ」と伝える。

「頭を整理すれば、知っている計算で解けるんだよ」とアドバイスすると、生徒は自分で計算を進め、正解を導き出した。「すごいセンスあるね」とほめると、「ぼくも天才になれるかな」と照れ笑いが返ってきた。

中学2年生の男子生徒と家庭教師を務める佐藤さん

中学2年生の男子生徒の家庭教師を務める佐藤さん 写真提供=読売新聞社

もし研究の仕事があれば、たぶん続けていたと思う。でも考えても仕方がない。今は、与えられた積み荷をしっかりと目的地に運ぼう。

「ブレーキは『パスカルの原理』とか、車の運転って結構、物理に関係あるんですよ」。朗らかに笑って、佐藤さんは今日も大きくハンドルを切る。

「飛び入学」した初代合格者3人のその後

「人生はそれでも続く」千葉大の飛び入学では昨年までに76人が卒業した。卒業後の進路は、大学教員や研究機関の研究員が12人。民間企業への就職は43人で、佐藤さんもここに含まれる。

佐藤さんと同じく初代合格者となった梶田晴司さんは豊田中央研究所に入った。トヨタとともに自動車部品の材料開発に向けた研究などを進めている。

梶田さんは、学生時代に佐藤さんが「物理屋になれなかったら、トラックの運ちゃんになる」と話していたのを今も覚えている。

「ポストや生活が安定せず、研究を諦める人は多い。自分も大学では厳しいと感じ、民間の研究機関に入った。このままだと日本の科学技術はどうなるのかという思いはある」と梶田さんは語った。

もう1人の初代合格者、松尾圭さんは大学で宇宙物理学を専攻していたが、大学院時代に千葉県の政策提案に関わったことで社会科学分野に転向。現在は、千葉市の生活自立・仕事相談センターで相談支援員として働いている。

読売新聞社会部「あれから」取材班

過去のニュースの当事者に改めて話を聞き、その人生をたどる人物企画「あれから」を担当。メンバーは社会部の若手記者が多い。人選にこだわり、取材期間は短くても3カ月。1年近くかけることもある。2020年2月にスタート。ネット配信でも大きな反響を呼び、連載継続中。サイトはこちら


※当記事は「PRESIDENT Online」からの転載記事です。元記事はこちら
presidentonline.jpg




今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル軍、ラファ住民に避難促す 地上攻撃準備か

ワールド

ロンドンなどの市長選で労働党勝利、スナク政権に新た

ワールド

バイデン大統領は「ゲシュタポ政権」運営、トランプ氏

ワールド

ロシア、ゼレンスキー大統領を指名手配
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 9

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 10

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中