最新記事

財政危機

家宝を手放すアイルランド

政府は巨額の債務を少しでも圧縮するため交通インフラや国有企業など公的資産の売却を計画し始めた

2010年9月2日(木)15時11分
コナー・オクリアリー

 新しい空港にご興味は? 鉄道網や発電所はいかがでしょう? バス会社や港、テレビ局や郵便ネットワークもございます──。

 アイルランドで公的資産のたたき売りが始まろうとしている。借金で首が回らなくなった家庭と同じように、アイルランド政府も「家宝」を売りに出すつもりだ。

 ブライアン・レニハン財務相は7月22日、公的資産売却の可能性を検討する「公的資産査定グループ」を発足させた。狙いはもちろん840億ユーロ(9兆5000億円)に達する政府債務を少しでも圧縮するためだ。

 米格付け会社スタンダード&プアーズ(S&P)によれば、かつてのアイルランドは産油国を除くと世界で6番目にリッチな国だった。だが3年前の資産バブル崩壊後、国内の富は急速に減り、経済活動も不振を極めた。そのため税収も壊滅的に落ち込み、政府は2年前に打ち出した銀行救済の公約を守るために四苦八苦している。

 多額の不良債権を抱えた民間銀行は、巨額の公金をのみ込むブラックホールのようなものだ。アングロ・アイリッシュ銀行から国家資産管理機関(NAMA)が買い取る不良債権は、簿価ベースで356億ユーロにもなる。

 不動産開発業者も今は借金まみれ。首都ダブリンのパディー・ケリー社は07年に3億5000万ユーロの資産を保有していたが、今では同額の負債に苦しんでいる。

 アイルランドは今年の第1四半期に景気後退から抜け出したが、その実態は「雇用なき景気回復」。銀行は融資のヒモを固く締め、失業率は上がり、外国への移住者は増えている。政府は金融業界の格付けを維持するため、公的支出と公務員給与を削減する一方で税金を引き上げている。

 国民の所得はどんどん減っているが、当局はもっと多くのユーロを搾り取ろうと躍起になっている。自動車専用道以外の国道にも通行料を課すことも検討中だ。

掘り出し物はごく一部

 アメリカの経済学者ポール・クルーグマンは先週、ニューヨーク・タイムズ紙のブログでこのやり方は誤りだと主張した。「(アイルランド政府は)あらゆる手段を使い、不景気がこれ以上長引かないようにすべきだ。緊縮政策は自己破壊になりかねない」

 だが、アイルランドの金融専門紙サンデー・ビジネス・ポストのクリフ・テイラー編集長はこう反論する。「政府が景気対策に資金をつぎ込めば、確かに多少の浮揚効果はある。しかし、問題はつぎ込む資金がもうないことだ」

 そこで資金を確保するために、「家宝」を売ることにした。公的資産査定グループの売却候補リストには28の準国営機関や、政府が全株式または経営権を握っている企業が含まれている。公共放送局のRTEもその1つだ。

 こうした機関の「売り出しセール」が始まれば、激しい怒りの声が上がる。サンデー・トリビューン紙の調査によれば、以前の公的資産売却では国営企業の民営化で8000人以上が余剰人員になった。「民間部門、特に金融機関のひどい失敗を考えれば、民間に任せれば今よりうまくいくとは言い切れない」と、エコノミストのジム・パワーは指摘する。

 アイルランド人は98年の国営電話会社テレコム・エラン(現エアコム)の民営化に伴う悪夢をまだ忘れていない。あのときは多くの国民が政府の呼び掛けに応じてエアコム株を購入したが、株価の下落で痛い目に遭った。一方、1万1000人いた従業員は6000人に減らされ、多くの資産は売り飛ばされた。そして今、エアコムは30億ユーロの借金にあえいでいる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英外相、ウクライナ訪問 「必要な限り」支援継続を確

ビジネス

米国株式市場=上昇、FOMC消化中 決算・指標を材

ビジネス

NY外為市場=円上昇、一時153円台 前日には介入

ワールド

ロシア抜きのウクライナ和平協議、「意味ない」=ロ大
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 10

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中