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2009.12.15

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中国に取りつく天安門の亡霊

「急速な発展の中で、20年前に民主化を求める若者たちが無残に弾圧された天安門の記憶は薄れつつある。当時現場で事件を目撃した記者の悔しさと苛立ちが伝わってくる」(本誌・知久敏之)

2009年12月15日(火)12時01分
メリンダ・リウ(北京支局長)

天安門事件から20年経った今も、当局が真実を語らない限り中国をえぐった「傷」は癒やされない

 空気を切り裂く銃弾の音、負傷者の悲鳴、拡声器が大音量で流す当局のプロパガンダ......。1989年6月4日の天安門事件から20年が経過した今も、私は当時の恐ろしい出来事を誰かに話さずにはいられない。まるで天安門広場の敷石に染み込んだ血をすする吸血鬼になったような気分だ。

 私は過去にこだわり過ぎて、中国のダイナミックな変化から目を背けているのかもしれない。確かに人民解放軍が自国の人民に向けて発砲したあの日から、中国は絶え間ない変身を繰り返してきた。それを考えれば、忘れようにも忘れられない強烈な事件のイメージを利用して、6月4日の出来事を「語り過ぎる」のは慎むべきだろう。だが今の中国の巨大な経済力に目を奪われ、事件のことを「語らな過ぎる」のも正しい態度ではないと思う。

 天安門の亡霊は今も中国の政治に取りついている。20年前に悲劇を現場で目撃した外国人ジャーナリストの多くにとっても同様だ。あれ以来、私たちが書いた中国の記事はほぼ例外なく天安門事件の影響を受けている。

 私は当時、学生たちの抗議行動と当局の弾圧を取材する本誌の記者とカメラマンのリーダー役だった。北京支局長としてこの国に戻ってきたのは10年前。事件から10年たったあのときも中国は大きく様変わりしていたが、その後の変化にも目を見張るものがある。

 それでも先週、北京を訪れたティモシー・ガイトナー米財務長官が中国の金融関係者に米国債の安全性をアピールする姿を見ながら、私は89年5月のある朝の光景を思い出していた。夜明けとともに、天安門広場の外れに立つ1930年代風の中国銀行ビルに巨大な白い横断幕が掲げられた。そこに書かれていた文句は、「汚職役人の金庫役はもうやめろ」だった。

 汚職と腐敗に対する怒りは、あのときデモ隊を天安門広場に向かわせた要因の1つだった。もし20年前、人々が抗議の声を上げなかったら、現在の中国はさらにひどい汚職天国になっていただろう。

20年間で中国社会は一変したが

 今の中国政府当局者は、8%以上の経済成長を維持しなければならないと力説する。さもないと大学を出ても仕事に就けない新卒者が増え過ぎて、社会不安の原因になりかねない、と。私はそんな発言を聞きながら、天安門広場で色とりどりの横断幕やポスターを掲げていた学生たちのことを思った。あのとき目にしたスローガンの1つはこうだ。「食べ物が欲しい。でも、民主のためなら死んでもいい」

 20年前のあの日に匹敵する大規模な抗議行動は、今の中国では起きていないかもしれない。だが欧米の人間は、それを理由に人々の自由への欲求の強さを過小評価しているような気がする。

 事件から20回目の6月4日が近づくと、中国では多くのブログが閉鎖され、YouTubeのような欧米のウェブサイトへのアクセスは遮断され、天安門広場を撮影しようとする欧米のTVクルーは官憲の嫌がらせを受けた。私はそのとき、20年前の5月に同じ広場を行進していた中国人ジャーナリストの一団を思い浮かべた。国営新華社通信の記者を含むジャーナリストのデモ隊は、「われわれは真実を伝えたい」と叫んでいた。

 天安門の虐殺をめぐる真実は、まだ日の目を見ていない。それも事件を語り続けることが必要な理由の1つだ。最近は欧米化した若い中国人が、事件について語る外国人に時々文句をつけてくる。「(テロ容疑者への拷問が問題になったキューバにある米軍基地内の収容施設)グアンタナモ収容所を見ろ。それでもアメリカ式民主主義は中国の制度より優れていると説教するのか」と、彼らは言う。

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