コラム

同時多発テロ後のパリに持ち込まれた「自粛」の空気

2016年02月03日(水)16時20分

テロ直後のCOP21の際には、市民が路上デモの代わりに広場に靴を並べて地球温暖化防止策を訴えた Eric Gaillard-REUTERS

 昨年春に刊行した著書『紋切型社会――言葉で固まる現代を解きほぐす』がBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞し、その本家である、フランス・パリにあるカフェ「ドゥマゴ」で行なわれる選考会(カフェに選考委員が集い、その場で今年の受賞者を選び、その模様を皆で見届ける)に顔を出してきた。

 昨年11月に発生した同時多発テロによる非常事態宣言が施行されるなかでの渡仏、加えて授賞式の翌日にはパリ日本文化会館で講演する予定もあり、渡仏する旨を知人に話すたび、「狙われるんじゃないの?」といい加減な言葉を撒いてくるのに呆れていたものの、そんな言葉が積もればそれなりに不安になるのだから情けない。

 エッフェル塔のそばにあるパリ日本文化会館では、11月のテロ直後に、岡田利規が主宰する劇団「チェルフィッチュ」が18日から21日にかけて公演を敢行している。公演初日はパリ北部でテロ実行犯との銃撃戦が繰り広げられた日である。予定通り上演することに強い危惧を持っていた出演者もいたそうだが、主宰の岡田は別の舞台のために日本にいた。

 岡田はその経緯を『ふらんす特別編集 パリ同時多発テロ事件を考える』に「そのとき僕の周りで起こっていたこと」と題して記している。パリにいるツアーメンバーを案じることしかできない自分をもどかしく思いながらも、「人間の想像力を恐怖を用いてディレクションするのがテロリズムならば、それとは別の想像力の機能のありかたが可能であると示すことが、演劇には可能」だと書いた。

 講演では通訳のフランス人男性がサポートしてくれたが、開演前の雑談で、ちょうどここでテロ直後に日本の劇団が舞台をやったそうで、という話から、自然と文学の話に派生し、「日本では今、フランス文学がどのように読まれていますか」と尋ねられた。「今は、ミシェル・ウエルベックの『服従』が読まれていますよ」と答えると、ああ、やはり、という顔をする。

 昨年のシャルリー・エブド襲撃事件の当日に発売された本書は、極右国民戦線を破り、イスラーム政権が誕生するという架空の物語だが、「架空」というよりも、もはや「予告」という形容が似合ってしまう。通訳の男性が言う。「さすがにウエルベックはこの本のプロモーション活動をほとんどしていない。でも、皮肉なことに、この本は売れ続けています」。

プロフィール

武田砂鉄

<Twitter:@takedasatetsu>
1982年生まれ。ライター。大学卒業後、出版社の書籍編集を経てフリーに。「cakes」「CINRA.NET」「SPA!」等多数の媒体で連載を持つ。その他、雑誌・ウェブ媒体への寄稿も多数。著書『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。新著に『芸能人寛容論:テレビの中のわだかまり』(青弓社刊)。(公式サイト:http://www.t-satetsu.com/

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=上昇、FOMC消化中 決算・指標を材

ビジネス

NY外為市場=円上昇、一時153円台 前日には介入

ワールド

ロシア抜きのウクライナ和平協議、「意味ない」=ロ大

ビジネス

ECB、利下げごとにデータ蓄積必要 見通し巡る不確
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 10

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story