コラム

広島サミットを迎える日本政府とメディアの「勘違い」には注意が必要

2023年05月17日(水)15時15分

この点に関して、オバマ元大統領が伊勢志摩サミットの直後に広島で献花を行った際には、既に大統領として2期目の終わりに差し掛かっており、選挙を恐れる必要がなかったということは重要です。またオバマは、既に2009年のプラハ演説で、長期的な核廃絶という哲学を披瀝しており、唐突感はありませんでした。

ですが、今回は少し条件が違います。プーチンの核威嚇に反対するという文脈で、反核兵器を語るのは良いのです。ですが、明らかにアメリカの責任を問うような形での献花などの儀式については、オバマの際とは微妙に違った慎重な対応になると思います。

例えば4月下旬に来日した共和党の「有力候補」と言われるロン・デサンティスに対して「広島でのG7参加について、アメリカの核攻撃を反省しているからという理由でバイデンを批判するのは止めて欲しい」という念押しを、岸田首相がしておいたのかが気になります。出馬表明が秒読みと言われるデサンティスですが、万が一にも、「バイデンは広島で頭を下げた。これは大統領失格だ」というような「悪しきアメリカファースト」発言が飛び出すようでは大変です。今からでも、予防措置をしておくべきです。

また、トランプに関しては、その種の発言をする可能性はかなりあり、防ごうとしても防ぐことはできないかもしれません。仮にそうなった場合には、日本のメディアが動揺する必要はなく、「そういう人であり、そういう人が支持しているだけ」ということを淡々と伝えるだけでいいと思います。

ホワイトハウスは、今回の広島訪問で「バイデン大統領は謝罪はしない」としています。非常に残念ですが、おそらくは「それでもアメリカ国内からは批判が出る」ということは、想定しておくべきと思います。

軍事費倍増を各国はどう見るか

4点目は、政策に関する「内外格差」です。岸田首相としては、防衛費倍増というのは、アメリカが孤立主義を強める中で必要な「分担の拡大」であり、苦渋の判断だという認識だと思います。ですから、アメリカの雑誌に「軍国化を推進」などというイメージの題名で取り上げられたことに猛抗議をしたのはわかります。

ですが、国際社会において日本は、今でも経済的な主要国であり、ということは潜在的な軍事大国だという認識はされています。倍増ということは、相当に丁寧に説明しないと軍拡、あるいは戦前回帰と取られる危険はあるわけです。心外だと怒る気持ちは分かりますが、そのような外部の目があるのは厳然とした事実であり、冷静に対処することが必要です。

さらに、環境の問題があります。日本は依然として化石燃料に依存しているばかりか、石炭火力発電所の新設を続けています。その背景としては、日本の世論の中に「原発は絶対悪であり、これと比較すると石炭火力への罪悪感は低い」という感覚が根強くあることが指摘できます。ですが、こうした見方は国際社会では全く理解されません。この問題が露呈して、G7の場において日本が孤立してしまうことのないよう、慎重な対応が求められます。

反対に、このG7の場を効果的な外圧として、エネルギー危機を突破するのに使うのであれば、岸田首相に失敗は許されません。長期政権などという私欲は捨てて、国の経済と国民の生活レベルを守るため、胸を張って中期的な原子力の利用を含めた脱炭素政策の前倒しを宣言すべきと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は続伸で寄り付く、米株高の流れ引き継ぐ

ビジネス

為替動向を24時間注視、必要なら「適切に対応」=神

ビジネス

小売業販売額3月は前年比1.2%増、2月からプラス

ビジネス

3月鉱工業生産速報は前月比+3.8%=経済産業省
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「瞬時に痛みが走った...」ヨガ中に猛毒ヘビに襲われ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 10

    ナワリヌイ暗殺は「プーチンの命令ではなかった」米…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story