コラム

厳密にはまだ始まっていないトランプ政権

2017年01月27日(金)17時00分

 一方で、株式市場に目を転ずると、選挙結果が出た昨年の11月9日未明に「立派な勝利宣言」が行われたことを好感して始まった、トランプ相場が今でも続いています。その後は、いわゆる「ビジネス・フレンドリー政策」も市場から歓迎されているのですが、この「株高」についても、まだ何の洗礼も受けていません。つまり、何らかの理由で株価が大きく調整し、大統領がこれに対処するというような「政治が機能を発揮する」という局面はまだ起きていません。

 さらに言えば、外交や軍事に関して、外部環境が変化して緊急に対応する必要が出てくるような局面もまだありません。トランプ大統領が、様々な発言をして、そのこと自体が世界的には「リスク」や「ショック」になっていますが、そのトランプ大統領自身は「未経験の情勢変化に対応する」というリーダーとしての「現場」はまだ経験していないのです。

 これは、国内問題ということでもまったく同様です。巨大な自然災害が起きているわけでもないし、人種分断を誘発するような深刻な事件が起きているわけでもありません。ここでも、トランプ大統領の言動と、それに対する反発という形で、多くのデモや騒動が起きているのですが、大統領として「想定外」の状況に機敏に対処するとか、国民に対して真剣に呼びかけるような局面はまだありません。

 よく考えれば、現在のアメリカを取り巻く政治も経済も、そして社会も大変に平和なのです。平和というのが言い過ぎであるならば、とにかく、ここ数十年にないぐらい「落ち着いて」います。だからこそ、このような乱暴なメッセージ発信をする、あるいはそれが許される状況があります。

【参考記事】トランプが止めた中絶助成を肩代わりするオランダの「神対応」

 いずれにしても、法案について議会と対話する、外部環境や国内の変化に対処する、あるいは国民に対して直接語りかけて理解を求めるといった「本来の行政府の機能」はまだ発揮する機会はないし、同時にまだ行政府全体としてはその組織としての準備も終わっていないのです。

 もちろん、合衆国大統領の権力は強大で、その言動に関しては真剣に受け止められて当然です。ですが、現時点における大統領の言動に「過度に振り回される」必要はないとも言えます。もっと具体的に言えば、現在のメッセージ発信の多くは、「現実を変革するため」というよりも、「支持者の期待に応えるため」の内向きのパフォーマンスという解釈をまずするべきではないでしょうか。

 例えば、テロリストに対する「水責め」復活の検討というのは、そうすることでテロ容疑者に「テロの計画や仲間の所在など」の自白をさせることが可能になるとか、テロ容疑者が「米国を恐れる」などといった「効果」を期待しているのではないと思います。あくまで「水責めを中止したオバマの偽善に腹が立った」という支持者の感情論に「自分は今後も迎合しますよ」というポーズに過ぎないということです。こうしたトランプのやり方には距離を置いて冷静に見ていくことが必要だと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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